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横町利郎の岡目八目

実生活同様、ブログでも仁と礼節を重視したお付き合いをさせて頂いております。

古くなったヘッドホンと合成皮手袋を長持ちさせる術

合成皮やスポンジで出来たモノの多くは古くなるとボロボロになる。ほとんどのかたは寿命が来たと思い捨てているのではないだろうか?実はこういう時に或る方法を使うと、ずっと長持ちさせることが出来る。本日はこれを紹介したい。この合成皮の手袋をご覧頂きたい。新品のうちは手の平の側にエンボス模様の被膜がついている。ところがこの被膜が曲者で、5年ほどすると劣化して剥がれてくる。完全に剥がれるのを待つと数年かかる。... 続きを読む

東街道山元町鷲足~大平地区を訪ねて

本日は昨日(2月15日)に訪れた山元町のアップルロードについて紹介したい。本来ならば東街道と言いたいのだが、東街道は平安期~鎌倉期にかけてできた道であり、その多くが朧なものとなっている。亘理郡の東街道の経路をおいかけた資料として「皇国地誌亘理郡付図」(皇国地誌亘理郡附図とも)というものがあるが、これとて明治初期の編纂ゆえ、参考程度とするべきである。図の中央やや左寄りに注目「鷲足」、「小平」、「大平... 続きを読む

亘理町の東街道を巡るバイク旅

二十四節気の雨水にあと四日と迫ったが、本日の宮城県南部はとても2月と思えない陽気だった。昨日には及ばないものの最高気温は仙台で14度まであがり、4月上旬並みの気温となった。私は思うところがあって早い時間にバイクに跨った。行く先は2015年春~2016年秋にかけて住んでいた宮城県南部の亘理町である。亘理町は太平洋に面していることもあり、気候が温暖で冬場は仙台とシャツ一枚違うとも言われる場所である。仙... 続きを読む

極太の手打ち麺が持ち味・中華そば三太春日町店

本日は私は或る建設業系の講習会に参加した。昼食を食べた場所は青葉区春日町の中華そば三太春日町店である。中華そば三太春日町店は富士ビルの1階に入っている。食べログの紹介では年末年始を除いて無休となっている。右隣はコインランドリーで如何にも学生の街仙台という趣である。立地もいいせいか、結構この店は繁盛している。12時25分にして、先客が二十人ほどいて、13分ほど待たされた。微妙な時間だが、本を持ち込ん... 続きを読む

歯石は取るべきか?取らざるべきか?

昨日の2月12日、私は休みを利して新しく掛かった歯科医で歯石の除去を受けた。歯茎が炎症を起こしている部分は痛いのだが、歯科衛生士(女性)の治療が非常に上手く、従来までとは異なり、さほど苦痛を感じることがないままに無事に治療を終えた。一般的に歯石の除去は次のような手順で行われるものと察している。少し血が出たが最後に電動歯ブラシで歯を磨き消毒して終わりである。この後レントゲンをとり(前回が初診だったた... 続きを読む

春を感じる縁なし眼鏡をかけての若返り&街歩き

 The Rolling Stones - Mixed Emotions (MTV Video Music Awards) - 1989 ローリングストーンズ「ミックスト・エモーションズ」和訳First仕事を果たしてさ、ベイビー!コートにボタンをして踊りに行こうぜ !野暮な仕事は忘れよう!過去は拭んだ一緒に愛し合おうぜ!通りにとどまってなお前は特別な存在なんだ だから俺は複雑な気持ちなんだ!お前はこの海を漂う特別な存在の船なんだ!お前の動きが俺を変にしているお前の思わ... 続きを読む

私が尊敬して止まないウィンストン・チャーチル

 Sir Winston Churchill - Funeral (I Vow To Thee) - The Nation's Farewell リンク動画について1965年1月24日一人の偉大なイギリス人が亡くなった。彼の名はウィンストン・チャーチル(1874~1965)である。これはその時の動画である。彼は二つの世界大戦に関わった無二の政治家であった。チャーチルが躁鬱病を患った政治家であることはあまり知られていないようだが、これは何と行っても彼の生前の実績による... 続きを読む

どう変わる?仙台の古戦場「鎧渕」界隈

本日は昨日約束した仙台の古戦場 鎧渕のことをお伝えしたい。ここは太白区根岸の国道286号線(6車線)の直角カーブである。四叉路の交差点の歩道にはこのような石柱が立っている。南北方向には根岸(広瀬川の河岸を由来とした地名と思われる)、東西方向に宮沢である。ほぼ正面に架かっている橋は宮沢橋である。宮沢橋右岸(西岸)を上流側から眺めてみた。橋の架け替えに伴う工事が行われていた。工事の説明版によると、(仮... 続きを読む

東街道の東ルートを歩いてみました

昨日の2月8日(土)、仙台市を通る東街道のうち東ルートを歩いてみた。なぜこのような命名に至ったのかの理由については記事を追って後ほど述べたい。ここは広瀬川に架かる宮沢橋の左岸(北岸)から東街道東ルート方面を見渡したアングルである。実はこの辺りは鎧渕(よろいぶち・鎧淵とも)と言って鎌倉時代に戦が行われた古戦場でもある。文治5年(1189年)8月12日に東街道を下った源頼朝軍(実際に大軍を率いたのは頼... 続きを読む

遂に粟野大膳重国の墓標が判明しました!

去る2月2日にどうしても見つけられなかった仙台藩士(元中世豪族)粟野大膳重国の墓標を本日ついに発見した。近世墓鑑定士の吉田幸弘様のFC2ブログhttp://samuraihimago.blog.fc2.com/を拝見し、この墓標のあるおおよその位置をGoogle航空写真で割り出したのである。とは言えGoogle航空写真は個人情報保護のために墓を表示させないようにしているので、位置は吉田様の撮られた写真に写っている背景の木立から推定した。幸いに... 続きを読む

仙台の藩政時代に丸太を運んだ木流し堀

本日は藩政時代に山から切り出した丸太を運んだ木流し堀(木流堀)を紹介したい。ここは最下流にあたるところで、間もなく広瀬川と合流する地点である。現在はこのようなコンクリート製の護岸が施されているが、藩政時代は素掘りだったに違いない。木流し堀は今では住宅地を縫うように流れている。水運で木材を運ぶのが途絶えて久しいので、現在は一般河川となんら変わりない存在である。野道のような側道が如何にも長閑な印象だが... 続きを読む
[タグ] 木流し堀 木流堀

ホノホシ海岸に思いを馳せ真冬日に飲む熱燗の有難さ

酒飲み道楽は単調になりがちなセカンドライフに潤いをもたらしてくれる。気分的なものかも知れないが、自分はほろ酔い気分となってから詩文などへの創作意欲が一層高揚するのである。酒の量が一合半近くになってくると頭の中の毛細血管が膨らんでくるような感覚にとらわれ、脳全体が冴え渡り、反応が良くなるような感覚となる。それと同時にそれまで私の人格を覆っていた殻のようなガードが徐々に取り払われていくのがわかる。更に... 続きを読む

粟野大膳重国の墓標のある宗禅寺

去る2月2日私は太白区長町~大年寺山にかけての界隈を訪ねた。主な目的は史跡の探訪である。この寺は宗禅寺と言って伊達に抗って没落した粟野大膳重国の墓標のある寺である。敢えて墓標と表現しているのは中に遺骨が入っているという確証がないためか?そのあたりの事情はわかりかねるが、位置から言って粟野氏の菩提寺と思われる。インターネットでは二つの画像が存在するようだが、去る2月2日に私は宗禅寺にある粟野大膳重国... 続きを読む

今年も春へのカウントダウンが始まった!

 Europe - The Final Countdown (London 2011) リンク曲についていよいよ立春まで来た。暖冬とは言え春が待ち遠しくないと言ったら嘘になる。節分を過ぎ立春を迎えた本日、自分は今年も春へのカウントダウンが始まったのを強く意識するのである。もし自分が人様から「貴方は二十四節気の中で何が一番お気に入りですか?」と聞かれたなら、迷わず「立春です」とお答えすることだろう。自分は過去に立春に関する記事を何度か書いた... 続きを読む

思いもかけない東街道との遭遇

昨日、太白区の国道286号線界隈を探索している間に東街道の標柱(ステンレス製)を発見した。東街道と言えば、過去の歴史探訪で亘理町、名取市、仙台市で何度か断片的に出遭ったものの、ピンポイント的にしか理解していなかったので、なぜこんなところが…という思いに駆られた。背後のコンクリート構造物は国道286号線の擁壁である。こちらは東街道と直行する大年寺の門前町である。今はすっかり住宅地と化してしまっている... 続きを読む

過去に在籍した幼稚園に行ってきました

本日は史跡探訪を兼ねて、過去に在籍した幼稚園に行ってきた。用いた交通手段はバイクである。バイクは小回りが利くのでこういうシチュエーションには最適である。在籍してから既に半世紀以上経っているので建物は既に建て替えられ、往時の面影(木造園舎)は全くない。但し裏の山(大年寺山)は保存緑地(伊達家藩主の廟所)になっている関係で残されている。それにしても懐かしい。現在ますみ幼稚園の北側には6車線の国道286... 続きを読む

一月のブログ棚卸公開します

 Johann Strauss II - Voices of Spring Waltz リンク曲について今日から2月である。記事にこそしてないが、最近日が長くなってきたのを顕著に感じるようになった。今年も早いもので明後日の2月3日は節分、その翌日の4日が立春である。暦の上とは言え春は手の届くところまできた。2月1日は1月31日と並んで気象の統計上で気温が最も低い日である。然らば谷底であり、後は徐々にだが三寒四温に向かう傾向となる。ヨハンシ... 続きを読む

免疫をつける為ラーメンパンチに行きました

新型コロナウイルスによる肺炎やインフルエンザが流行っているが免疫力をつけるために、久しぶりにラーメンパンチに行った。頼んだトッピングは野菜500グラム、微塵ニンニク21グラム(トリプル)、パンチ玉ダブル、脂なしである。麺は豪快な太麺で、かなり歯応えがあり、大盛りのモヤシと相まって歯に自信がないと食べきれないのかも知れない。チャーシューの厚さは1センチ5ミリと結構分厚い。それにしても刺激物がこれだけ... 続きを読む
[タグ] ラーメンパンチ

今は街のど真ん中になってしまった村堺の明神

昔は村堺にあった明神が今は街のど真ん中になってしまった。仙台青葉区の市街地にそんなスポットがある。場所は北一番丁と北二番丁の間の細い通り(住所は二日町)である。ここから右に50メートルほど行くと二日町のローソンである。その明神はちびっこ広場の中に鎮座している。明神の名は榎明神。昔すぐ傍に榎の木があったという。大変残念ながら、元あった場所はここではない。石碑には、榎明神は荒巻村(荒牧とも)と小田原村... 続きを読む
[タグ] 榎明神

良い歯科医との出会い…30年ぶりに歯医者を変えました

今回久しぶりに歯医者を変えてみた。以前通っていた歯医者が遠かったのと、かかりつけの医師が年を取って腕に疑問を感じたからである。かかりつけの医師には既に後継者の息子がおり、今はその息子が院長で私が治療を受けていた医師は名誉院長になっている。名誉院長は昭和20年代前半生まれで70代となり未だに現役だが、私は前々回の治療(2017年)である疑問を持った。それは右の奥歯の下の歯の治療の際のことであった。だ... 続きを読む

徳勝龍に見習いたい「謙遜の美徳」

土俵の上でのお相撲さんの泣き顔を久しぶりで見た。前回は誰だっただろうか?なかなか思い出せないが、今回の泣き顔は二度と忘れまい。それほどインパクトの強い感情移入であった。力士の名は幕内の前頭17枚目(幕尻)で初場所優勝を決めた徳勝龍である。失礼ながら、今回の初場所で彼が勝ち星を連ねて、優勝に近づき初めてその存在を知ったかたもおられるのでないだろうか?自分などは大変恥ずかしながら。彼が優勝を決めた後で... 続きを読む

裏磐梯高原の写真展3月13日まで開催

仙台市青葉区の定禅寺ビルの1階定禅寺ギャラリーで写真展が開催されている。1階ホールはご覧の通りミラー張りとなっている。裏磐梯は132年前に大噴火があり景観がすっかり変わったものの、今では景勝地となっている。対象はアマチュアの写真家である。入場料は無料となっている。裏磐梯高原ホテルがスポンサーと思われる。裏磐梯高原ホテルから見える雪を頂いた磐梯山が冬空に映える。氷柱と沼と山のコントラストが素晴らしい... 続きを読む

石巻を震撼させたビンセンス号入港事件

嘉永5年(1852年)吉田松陰が石巻を訪れた翌年の嘉永6年(1853年)にペリー率いる黒船が浦賀(神奈川県横須賀市)に入港し、日本を震撼させた。開国か攘夷かの決断に迫られた幕府老中の阿部正弘は各藩に意見を訪ねた。この時仙台藩主の伊達慶邦は断固開港を拒否し、場合によっては戦争も厭わずという強硬な意見を申し出ている。翌年のペリーの再来航で追い込まれた幕府は大砲など最新鋭の武器の調達を試みたり、大船製造... 続きを読む

仙台市北山保存緑地

本日は仙台市保存緑地シリーズの第6弾として北山保存緑地を紹介したい。私はバイクで青葉神社に向かった。青葉神社は、1874年(明治7年)に仙台藩祖の伊達政宗を祭神として創建された神社である。散策に先立ち参道の入口のところにバイクを止めさせて頂いた。看板では北山風致地区となっているが、仙台市保存緑地は風致地区と重なるところがあるようだ。 定義によると、風致地区とは都市計画区域 内に存在する樹林地又はこ... 続きを読む

FC2ブログの共有プラグイン採用でモチベーション大幅UP!

本日は数日前に行ったFC2ブログの設定の小変更をお伝えしたい。FC2ブログはいじってなんぼのブログ。然らばいじらない手はない。共有プラグインで面白そうなものを見つけた。「タグクラウドとサーチ」である。作者はkc_haj [kchaj] 様である。プレビューで確認したところ、パフォーマンスが高いと判断し採用に踏み切った。既に3157サイトで引用している優れものである。作者様にはこの場を借りて厚く御礼を申し上げ... 続きを読む

石巻ハリストス正教会堂が再建されました

本日は石巻市中瀬に再建された石巻ハリストス正教会堂を紹介したい。この建物は元々千石町(旧新田町)にあったが1978年の宮城県沖地震で被害を受け、その2年後の1980年にここ中瀬に移転された。その後2011年の太平洋沖大震災の津波で半壊し、大修復を経て昨年の2019年に再建されたものである。画像は西側からのアングルである。石巻ハリストス正教会堂の庭から河口側を望んでみた。正面の白い建物の左側には日和... 続きを読む

石巻の都心部に建つ高層マンション

去る1月19日に郷里石巻に行ったとき、帰り際に12階建ての高層マンションを見かけた。ホテル関係はともかく、マンションでこの高さは現時点で石巻で最も高いものと考えている。本日はこの分譲マンション・デュオヒルズ石巻マークスを紹介したい。中瀬から橋通に差し掛かり、至近距離からの撮影だったので、とてもカメラには収まり切れなかった。白で統一された建物が冬の日に眩しいほど輝く。このマンションは石巻市街地のこれ... 続きを読む

石巻市の新旧内海橋の近況をお伝えします

本日は石巻市旧北上川に架かる内海橋と新内海橋の近況を紹介したい。住吉公園の改変工事の進捗状況を見た私が向かったのは中瀬(中州にできた島)である。中瀬に向かう途中の中町から新内海橋を見てみた。ここからもわかるが、大型のクレーンが入っているのを見ると、新内海橋はまだまだ完成してないようだ。画像を見て頂きたい。橋本体のほうはかなりできているようだが、岸の道路への取り付け工事が終わっていないようだ。こちら... 続きを読む

石巻市住吉公園改変工事の最新状況

本日は石巻市住吉公園の改変工事の最新情報をお伝えしたい。紹介する画像は昨日1月19日時点の工事進捗状況である。以前の住吉公園を知っているかたには、ここが同じ場所とはとても思えないことだろう。大量の盛り土によって、平らだった境内や公園が見る影すらなくなった気がする。上流側からのアングルである。ブロック積みの擁壁が相当出来てきている。小高く台地状になっているのが新たな境内となる部分である。用途上歩行者... 続きを読む

生家のあった石巻市旧横町に行ってきました

2018年より文芸誌みちのく春秋に5回に渡って連載した『我がルーツと大河北上』が完結し、私は区切りをつけるために生家のあった石巻市旧横町(現千石町)に向かった。交通機関は高速バス(宮城交通)である。1時間40分ほどで、千石町(降車専用)の停留所に到着した。ここは旧横町に直行する新田町である。元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が石巻を訪れた際に、曾良とともに宿泊した四平衛の家があったとされる石巻グランド... 続きを読む

業務スーパー・豚レバーパテを酒の肴に…

 マルケヴィチ指揮L・モーツァルト「おもちゃの交響曲」 0001 リンク曲についてモーツァルト「おもちゃの交響曲」である。自分は「オーソドックス」や「奇を衒わず」という言葉が好きだが、この音楽をアレグロ版(テンポが速くなること)は好みでない。自分の思い込みに過ぎないのかも知れないが、こちらのほうがより原曲に近いと感ずる所以である。週末の夕暮れのひと時を気に入ったクラシックのメロディーに聞き入り、心を委... 続きを読む

これが私の生まれた家です

私は数年前から自分のルーツを遡るべく、取り組んでいる。その一環が2017年4月の郷里・石巻千石船の会(郷土研究会)への入会であった。その集大成が『我がルーツと大河北上』という小説である。この作品は文芸誌みちのく春秋に2018年夏号から連載され、今回発行された2020年新年号で完結に至った。延べ5回に渡る掲載で、原稿用紙で60枚近くに相当する作品である。このモノクロ写真は昭和50年代中頃に撮影された... 続きを読む

仙台市安養寺保存緑地の探索

本日は去る1月12日(日)に訪れた宮城野区の安養寺(仙台市保存緑地)を紹介したい。位置的には木皿山保存緑地の東側に当たる地区である。西山コミュニティセンターというところにバイクを止めさせてもらった。バイクの傍にテトラポットに色を塗ったものが置いてあるが、わざと車を止めさせないためなのだろうか?詳しい事情はわからなかった。安養寺保存緑地の広さは4.48haである。周囲はほぼ住宅地と言っていい。北側に隣接す... 続きを読む