文学講演会「藤村文学は名掛丁から始まった」
島崎藤村「初恋、小諸なる古城のほとり」
本日の午後、私は仙台駅東口にあるパルシティ仙台(仙台市生涯学習支援センター)へと向かった。目的は或る講演会を受講することである。
テーマは藤村(島崎藤村)文学は名掛丁(なかけちょう)から始まったである。名掛丁は藩制時代に勇敢な侍で構成された御名懸組の組士屋敷が置かれたという由来がある。即ち、藩主から、或いは藩主側近から実力を認められた組士(下級武士)が住んだ土地柄であったことが伺い知れる地名である。
本日の講師は名掛丁東名会の梅津恵一氏である。梅津氏は酒屋経営の傍ら、郷土史研究と地区の発展、繁栄にその一身を捧げられておられるかたである。如何にも郷土愛に溢れた氏の話しぶりには、仙台をこよなく愛する私にとって、限りない共感を誘うものであった。
本日のレジュメである。非常に丹念に作られた資料という印象を持った。
若き日の島崎藤村の写真を御覧頂きたい。如何にも文学青年らしく智性と気概に溢れた風采である。恐らく女性にもてたのではないだろうか?
※以下Wikipediaより引用しミックが編集
島崎藤村(1872~1943)
詩人、小説家。信州木曾の中山道馬籠(現在の岐阜県中津川市)に生れる。『文学界』に参加し、ロマン主義詩人として『若菜集』などを出版。さらに小説に転じ、『破戒』『春』などで代表的な自然主義作家となった。作品は他に、日本自然主義文学の到達点とされる『家』、姪との関係を告白した『新生』、父をモデルとした歴史小説の大作『夜明け前』などがある。
彼が仙台に在住したのはたったの一年である。それでもこの一年のうちに若菜集という詩集を作っている。若菜集は島崎藤村の処女作である。1897年に春陽堂から刊行。七五調を基調とし、冒頭に置かれた「六人の処女」(「おえふ」「おきぬ」など)のほか51編を収録。この中では「秋風の歌」や「初恋」が特に名高い。日本におけるロマン主義文学の代表的な詩集である。
藤村が仙台の名掛丁に住んだのは1896年~1897年7月でたったの一年二ヶ月であった。にも関わらず彼は仙台で初恋や若菜集などの著名な作品を残している。
※赤○:彼の下宿のあった三浦屋、何とここから9キロも離れた海(荒浜海岸)の浪の音が聞こえたというのだ。
赤:藤村の下宿した三浦屋があったとされる地点、写真右:仙台市駅東口、初恋広場。
私は先日、自分のブログの目指すべき指向としてディレッタンティズム(学問や芸術を趣味として愛好すること)を掲げたいと申しましたが、有言実行を果たす意味で本日の記事を更新しました。文芸を極めるには自分一人の力ではどうにもなりません。知識を得ようとするならば、一方通行としての研究に留まらず、多くの先賢の歩んできた道を見極める必要もございましょう。こうした理想的な関係構築には、論語で言う「有隣」(徳は孤ならず必ず隣あり)の関係が不可欠と察しております。
読者様の中にはなぜ、仙台と島崎藤村が結びつくのか疑問に思われるかたもお在りにございましょう。私は今日の講演会を受講してその謎が解き明かされた気が致しております。島崎藤村から思い当たるのは「純愛」という人類の普遍的テーマにごさいます。彼は不器用ながらも愛に生き、失恋も経験し人間として、そして文学者として成長しました。世に失敗のなくして栄光を掴んだ人間など一人も存在しない。これは今まで多くの挫折を経験してきた私の主観です。
執筆に携わる者にとってこういう講演会に出席するのは殊のほか意義のあるものと受け止めております。私は本日の文学講演会を受講し、改めて先人の歩んだ人生行路には重みがあるのを感じた次第です。ブロ友様の皆様に於かれましては、純愛に生きた島崎藤村への印象などごさいましたなら、お手数ながらお聞かせ願いたいと存じます。本日もご覧頂きありがとうございました。
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