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仙台市宮城野区:小鶴城址を訪ねて

本日の午後、私は宮城野区の史跡の探訪に向かった。目的地は国分氏の家臣である逸見丹波が1394年頃居住したとされる小鶴城跡である。すぐ近くを東街道が通っていることから、現在執筆に取り組んでいる歴史作品『東街道をゆく』の一拠点として、この城跡を外すことができないと踏んだからである。参考にした資料は郷土史家の紫桃正隆(1921~2008)著『仙台領内古城・館 第三巻』(宮城県中央部)である。私はこれまで... 続きを読む

名取市の東街道周辺高館地区の探訪

本日は週の中休みを利して、名取市内の東街道にちなんだ高館地区の史跡を訪ねた。こういう時は小回りの利くバイクが便利である。土地の古老にお会いしたときのことを考えてヘルメットはジェット式(顔を出すタイプ)をチョイスした。ローカルな場所でフルフェイスを被ってうろつくわけにはいかないので当然の選択である。おおよその位置をヤフー地図で確認して頂きたい。名取市でもかなり北部のほうである。史跡の詳細は後日の記事... 続きを読む

名取市の史跡植松城跡を訪ねて

本日は去る十日前の3月11日に訪ねた名取市の植松城跡(満仲館跡)を紹介したい。と言ってもこの名称は極めて知名度が低く、一般的には雷神山古墳の小塚と言う名称で呼ばれることが圧倒的に多い。自分も小塚のことは知っていたが、ここに古城(館)があったとは知らなかった。古墳時代に造られた古墳の上に館が造られるのはそう珍しくはないが、この植松城跡に関しては地元のかたにとってもマイナーな存在と捉えている。駐車場に... 続きを読む

東街道をゆく 岩沼編その7

本日は昨日訪れた岩沼市長谷地区の長谷城と長谷一族について述べたい。参考にした資料は郷土史家故紫桃正隆著『仙台領内古城・館 第四巻』と長谷家百々(どうどう)地区調査チーム制作『長谷氏と古城』である。武石氏と亘理氏はけして別系の家譜ではない。千葉常胤という武将が奥州伏原征伐で源頼朝から恩賞として広い領地を得て、息子たちに分け与えた。武石氏の祖となった武石胤盛は千葉常胤の三男であった。その流れをくむのが... 続きを読む

粟野氏の栄枯盛衰と沖野城

本日は中世豪族粟野氏と沖野城の関わりについて、昨日撮影した現地写真を掲載の上述べたい。先ずはこの地図をご覧頂きたい。データは今昔マップからの引用である。左が明治40年に測図した沖野館である。沖野館という呼び名から、この地に要害があったことが歴然とする。右は現在の地図に遺構の位置を落としたものである。(遺構の位置は「仙台市史 資料編7 城館」を参考にして私が描いた)曲がり角に注目、何の変哲もないL型... 続きを読む

新たな古城巡りに導く文献との出遭い

本日は雨天の中、仙台市図書館(仙台メディアテーク)に足を運んだ。私の目に止まった文献は「仙台市史 資料編7 城館」である。この文献は残念ながら貸し出し禁止だが、コピーは可能である。私は次に巡りたい古城をピックアップして十数枚をコピーしてきた。「仙台市史 資料編7 城館」は仙台市教育委員会も絡んでいるので信頼の置ける文献と見たためである。この文献は新しい資料が多く、大いに期待を寄せている。今まで城郭... 続きを読む