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歴史エッセイ『忠義か因果か?佐藤為信の生涯』

横町挨拶この作品は三年前に東北福祉大学教授である岡田清一氏の歴史講座「戦国後期における伊達と相馬」を受けたことをきっかけに、その後様々な文献を参考にし、数度に渡る現地取材を経て創作に及んだ歴史エッセイである。史実には忠実に書いたつもりだが、資料をすべて読んだわけでなく自信はない。また、一部には私の私見を加えた部分もあることを始めにお断りしたい。いずれにしても佐藤為信という一人の相馬の武将の寝返りが... 続きを読む

佐藤為信討ち死にの謎

  不自然な佐藤為信の討ち死に昨日の9月20日、私は宮城県南部の丸森町の小斎地区の鹿島神社他を訪ねた。鹿島神社ではタイミングよく神主さんに会い、名刺(伊達と相馬の研究)を渡したところ、初代当主佐藤為信の鎧甲を見せて頂ける運びとなった。鹿島神社は起源を平安時代に遡る非常に由緒ある神社である。本ブログでは二度に渡って佐藤為信を紹介しているが、何れも不確かなものである。今回は数冊の文献やインターネッ... 続きを読む

鬼越館に込められた佐藤好信の怨念

鬼越館に込められた佐藤好信の怨念昨日の8月11日、JR日立木駅を降りた私は市道を東へと向かい国道6号線そばのファミリーマートのところに来た。右側に少し見える白い建物がファミリーマート、その向こうの小高くなった丘が鬼越館である。鬼越館の立て札である。インターネットで下調べをして鬼越館へのアプローチは北側の私道となっていたので、この時点で山頂に至るのはたやすいと思っていた。ところがこれが甘かったと思い知... 続きを読む

伊達-相馬の攻防拠点小斎に築かれた古城跡を訪ねる

相馬から伊達に寝返り、小斎を任された一人の武将一昨日、バイク仲間と丸森町(宮城県南部)を訪れた私は小斎という部落を訪ね、ある古城に足を運んだ。ご覧の通り、バイクを止めた地点は果樹園と野原が広がっている。昔この地に佐藤為信という武将が住んでいた。佐藤氏は源頼朝に仕えた武将の末裔と言われる。その後相馬氏に使え、伊達政宗に寝返ったとされる。屋敷は明治時代まで存在したらしいがその写真をインターネットで探す... 続きを読む