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武者小路実篤の心に響く名言と珠玉のYouTubeサイト

hiro westfield【名言:毎朝7時発信】あなたの心に名言のビタミンを 武者小路実篤リンク動画解説YouTubeで有益な情報を発信するサイトを見つけた。hiro westfieldである。サイトの特徴は一動画あたりの時間が短い割りに、内容の濃い動画が多いことである。内容の濃さに関しては後述することにして、先ずはhiro westfieldの持つアドバンテージを紹介したい。歯に衣を着せないで申し上げれば、YouTube上には受け狙いや意図的な時間... 続きを読む

大規模改変工事佳境に入る:石巻住吉神社のその後を追う

3年前から故郷石巻に住吉神社の大規模な改変工事をレポートしているが、本日は去る9月10日(土)の石巻訪問の際に撮影した写真をもとにして、住吉神社周辺の最新の状況についてお伝えしたい。このGoogle3D立体画像は工事が始まる前の立体画像である。右が北の方角である。私の生家のあった横町(現千石町)とは目と鼻の先の距離である。よく見ると護岸に応急の堤防が設置されているので、震災後の画像と思われる。右下の灰色... 続きを読む

渋沢栄一・古河市兵衛・相馬家共同経営の足尾銅山

大河ドラマで実業家渋沢栄一を描いた「青天を衝け」が放送されているが、本日は恐らく今回の筋書きには登場しないと思われることを掲載したい。先ずは渋沢栄一について簡単に説明したい。埼玉の名主の長男として生まれた後に、一橋家に仕えて幕臣となり、パリ万国博覧会幕府使節団に加わって渡欧している。維新後は大蔵省官吏を経て第一国立銀行など複数の会社の設立に参画し、実業界の指導的役割を果たした人物であった。彼の思想... 続きを読む

仙台市街地堤通界隈のウォーキング

  Handel's Largo from Xerxes Orchestra  リンク曲雑感ヘンデル(1685~1759)の作曲、ゼルクセスオーケストラ演奏の「オンブラ・マイ・フ」(Ombra mai fu)である。(昨日にアップしたばかりの曲)この一節はしたオペラ『セルセ』(Serse, Xerxes)第1幕冒頭のアリアである。ペルシャ王セルセ(クセルクセス1世)によって歌われる。調性はヘ長調。詩はプラタナスの木陰への愛を歌ったものとされる。ヘンデルは生... 続きを読む

ブログで志賀直哉を扱った私が得た恩恵とは?

 志賀直哉旧居 リンク動画について本日は久しぶりに尊敬する作家・志賀直哉(1883~1971 宮城県石巻市出身)のことを書きたい。動画をご覧頂きたい。志賀直哉ほど引っ越しをした作家も珍しい。一説に生涯23回と言われる彼の引っ越しだが、その数値とて定かでない。だが彼はけしてネガティブな理由で引っ越しをしたわけでない。想像するに、常に作家としての自らの感性を研ぎ澄ませたかったからなのかも知れない。引っ... 続きを読む

阿川弘之から見た師匠志賀直哉

NHKあの人に会いたい「志賀直哉」これは青年期の志賀直哉(1883~1971)の横顔である。弟子の阿川弘之(1920~2015)に言わせると、直哉の若い頃は眉目秀麗であり、女性にもてたとのことであるが、それが頷けるような彼の横顔である。彼が住んだ尾道の長屋からは瀬戸内海の島々が眺められたという。「百貫島の灯台が光りだす。それはピカリと光りまた消える…」の名文を生んだ。そして近代日本文学の代表作の一つと言われる『暗夜行路』... 続きを読む

志賀直哉と祖父直道の関係

志賀直哉に影響を与えた祖父直道と相馬事件きょうは①志賀直哉の祖父が巻き込まれた相馬事件についてと②志賀直哉と祖父直道の関係について資料を基に述べたい。相馬事件概要(Wikipediaを基に私が編集)相馬藩(旧中村藩)主、相馬誠胤(そうまともたね)は統合失調症(推定)の症状が悪化したため、1879年に家族が宮内省に自宅監禁を申し入れ、以後自宅で監禁、後に癲狂院(現在の精神科病院に相当)へ強制入院させられた。※相... 続きを読む

志賀直哉唯一の時代小説「赤西蛎太」

志賀直哉「赤西蛎太」粗筋江戸の仙台坂(現JR大井町駅近く)の伊達兵部の屋敷に赤西蛎太という三十台半ばの侍が居た。彼は雲州松江の出身で訛りがあり、醜男、武骨を絵に描いたような男だった。酒も女もやらず菓子と将棋だけが唯一の楽しみで真面目だけが取り得の男だった。彼には銀鮫鱒次郎という親友がいたが、鱒次郎は蛎太とは対照的に生き生きとした美男子であった。実は二人は伊達騒動の不穏な動きを察した片倉小十郎景長(仙... 続きを読む

元祖走り屋?若き志賀直哉のやんちゃぶり

 志賀直哉昭和27年作「自転車」(69才時執筆)読者の皆さんは志賀直哉と言えばどんな印象をお持ちだろうか?極めて強い自我が作りだす倫理観、背筋を伸ばしたような毅然たる姿勢は一見近寄りがたい存在でもあり、気難しささえ感じさせる。事実生前の座談会では同席した同業の作家やマスコミも、志賀が居るだけで一種の緊張感を感じるような雰囲気であったという。 そんな硬派とも言える彼が学習院中等科~高等科時代に傾... 続きを読む
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