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生き延びて、かくまわれた支倉常長

仙台藩主、伊達政宗家臣支倉常長今から約400年前、彼は伊達政宗の命を受け、1613年、180人の使節団を率いてヨーロッパに渡りました。目的はスペインと仙台藩との直接貿易の実現、もう一つは政宗の天下取りの野望(日本の30万人キリシタンの力を借りて徳川幕府を倒す。)でした。ところが、幕府のキリシタン弾圧でこの交渉は失敗に終わりました。そして7年後の1620年、支倉は失意のうちに帰国、翌々年没したと伝え... 続きを読む

支倉常長の墓

偉業を遂行するも、運命にもてあそばれた悲運の侍 仙台藩主、伊達政宗の命を受け、総勢約180人で慶長18年(1613年)にヨーロッパに渡った支倉六衛門常長、徳川幕府のキリシタン弾圧の逆風により当初の目的だったスペインとの直接貿易の交渉は実りませんでしたが、7年間に渡る偉業は今でも語り継がれています。今日は常長の3か所の説がある墓のうちの一つ、仙台市の「光明禅寺」(JR北仙台駅より徒歩3分)に行ってみま... 続きを読む
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