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東街道をゆく 岩沼編その5

岩沼市の東街道を訪ねたのは5月13日(水)のことだった。本日は岩沼市を走る東街道の近くにある金蛇水神社(かなへびすいじんじゃ)を紹介したい。これは神社に隣接する庭園だが、自然の丘陵を利したもので見事に周囲の景観に飛び込んでいる。金蛇水神社は鳥居を初め、建物全体は結構新しい。鳥居をくぐると藤棚があり見ごろを向かえていた。マスクをつけた年配の方が憩われていた。金蛇水神社の位置を地図でご覧いただきたい。... 続きを読む

亘理町の東街道沿いは遺跡の宝庫

亘理町の東街道沿いは遺跡の宝庫である。本日は2月に撮影した画像をもとにそのうちの4箇所について紹介したい。Google3D立体画像をご覧頂きたい。吉田地区には僅か700メートルの間に4箇所にも渡って古代の遺跡が分布していることになる。この密度は尋常でない。南から順を追って紹介したい。ここはサニータウン亘理の西隣に位置する一の坂遺跡である。亘理町史上巻によると「中原西の緩傾斜面の畑地に存在する遺跡で主とし... 続きを読む

東街道のルートを年代別に追ってみました

三連休も中日の二日目となったが、本日は令和初の天皇誕生日である。天皇陛下は還暦になられたが、本日はメディアのインタビューで「もう還暦ではなく、まだ還暦という思いでおります」と仰られた言葉が印象に残った。そう言えば、かのウインストン・チャーチルが65歳で首相の座に就き、益々頭脳明晰に至ったというが、それから時代が更に進み、平均寿命が延びた現代の60代はまだまだ若いのである。自分もこれにあやかり、気持... 続きを読む

東街道山元町鷲足~大平地区を訪ねて

本日は昨日(2月15日)に訪れた山元町のアップルロードについて紹介したい。本来ならば東街道と言いたいのだが、東街道は平安期~鎌倉期にかけてできた道であり、その多くが朧なものとなっている。亘理郡の東街道の経路をおいかけた資料として「皇国地誌亘理郡付図」(皇国地誌亘理郡附図とも)というものがあるが、これとて明治初期の編纂ゆえ、参考程度とするべきである。図の中央やや左寄りに注目「鷲足」、「小平」、「大平... 続きを読む

亘理町の東街道を巡るバイク旅

二十四節気の雨水にあと四日と迫ったが、本日の宮城県南部はとても2月と思えない陽気だった。昨日には及ばないものの最高気温は仙台で14度まであがり、4月上旬並みの気温となった。私は思うところがあって早い時間にバイクに跨った。行く先は2015年春~2016年秋にかけて住んでいた宮城県南部の亘理町である。亘理町は太平洋に面していることもあり、気候が温暖で冬場は仙台とシャツ一枚違うとも言われる場所である。仙... 続きを読む

東街道の東ルートを歩いてみました

昨日の2月8日(土)、仙台市を通る東街道のうち東ルートを歩いてみた。なぜこのような命名に至ったのかの理由については記事を追って後ほど述べたい。ここは広瀬川に架かる宮沢橋の左岸(北岸)から東街道東ルート方面を見渡したアングルである。実はこの辺りは鎧渕(よろいぶち・鎧淵とも)と言って鎌倉時代に戦が行われた古戦場でもある。文治5年(1189年)8月12日に東街道を下った源頼朝軍(実際に大軍を率いたのは頼... 続きを読む

思いもかけない東街道との遭遇

昨日、太白区の国道286号線界隈を探索している間に東街道の標柱(ステンレス製)を発見した。東街道と言えば、過去の歴史探訪で亘理町、名取市、仙台市で何度か断片的に出遭ったものの、ピンポイント的にしか理解していなかったので、なぜこんなところが…という思いに駆られた。背後のコンクリート構造物は国道286号線の擁壁である。こちらは東街道と直行する大年寺の門前町である。今はすっかり住宅地と化してしまっている... 続きを読む

古代の道へ思いをはせ、極上のカフェを味わう

 東街道の面影を感じ抜群のロケーションに酔う※注釈:東街道は国府多賀城に至る古代の官道「東山道」とほぼ一致するといわれ、中世には「奥大道」と呼ばれ、江戸時代に奥州街道が整備されるまではメインの道として利用されてきたいにしえの道である。  由緒ある東街道が敷地を通り、かつ窓から絶景の景観を誇るカフェがある。その名は喫茶「遊」、仮に過去にいろんなカフェを巡ってきた人がここに居られるとしよう。その人をし... 続きを読む