fc2ブログ

意中の洋楽&宮城野区幸町~陸前原ノ町駅ウォーキング

Europe - The Final Countdown (Official Video)リンク曲についてEurope(ヨーロッパ)のヒット曲The Final Countdownである。毎年今頃の時期になるとこの曲を聞きたくなるは、その理由を話したい。これまで何度かノンフィクションに綴っているが、私の定年退職は生易しいものではなかった。今だからこそ話せるが人間関係がボロボロであり、薄氷を踏む思いで何とか漕ぎつけたのが定年退職だった。在籍中に労使紛争を起こした場合は... 続きを読む

70数年前の仙台と近年の仙台を動画で比較

【空撮】仙台・昭和20年代(70年前)令和の街を比較【Google Earth】リンク動画解説3821番目のブログ投稿(ヤフーブログとFC2ブログのトータルという意)である。YouTubeで面白い動画を発見した。空撮だが戦後(70数年前)の現代の仙台との比較である。戦後の空撮動画は米軍撮影のものがほとんどだが、説明欄を読むとこの動画もそのようだ。戦災で焼けた仙台市街地を見ると虚しいものを感じる。尚、動画サイトはソラからトラ... 続きを読む

宮城野区の探索/楽天モバイルパーク宮城方面へ

今日の仙台の天候は微妙だったが、宮城野区の探索に行った。さほど暑くないのは有難かったが、半袖の二の腕には、時折寒冷前線のような冷気さえ感じた。ここは国道45号線(正面が都心方向)である。早坂ビルの東角に一基の辻標がある。辻標NO,84:宮城野区小田原2丁目1-26 早坂ビル前小田原牛小屋丁、小田原八丁の一つで、元禄七年(1694年)頃に町割りされた。鉄砲町に接する南端に牛小屋および牛仕屋敷があったのが町名の由... 続きを読む

動画/定年後の夢/人生の楽園を実践されたご夫婦

人生の楽園・定年後に風光明媚な土地に移住してカフェを開くリンク動画解説2012年の冬、私は所要のため宮城県南部の山元町を訪れた。その際に、偶然見かけたカフェが喫茶「遊」である。遊の位置をgoogle map 3D画像で確認して頂きたい。通称アップルラインという幹線道路沿いだが、これは旧道の東街道と重なる部分の多い道である。ここから少し北に走ると亘理町である。これが喫茶遊である。一戸建てで、住居兼店舗となってい... 続きを読む

仙台の足軽町を流すモトブログ動画を2.7K で投稿

 バイクでゆっくりと流す仙台の足軽町・職人町 リンク動画解説高速でデータを処理できるPCに変えたので、さっそくモトブログにチャレンジしてみた。画質は2.7Kの30fpsで撮影した。これまでのPCなら2分程度が限界だが、自分としては初めて12分を超す動画となった。これまではカメラの角度がいまいちであったり、音が入っていないなど、多くの失敗があったが、それらを繰り返さないように細心の注意を払っての撮影である。三百人... 続きを読む

春の光に望みと喜びを託して 仙台市米ケ袋地区東街道の探索

  JS BACH - JESU, JOY OF MAN'S DESIRING BWV 147  【コラム】久しぶりにジョナサン・スコットのチャーチオルガンの曲をリンクした。春は別れと門出の季節であり、別な言葉に置き換えれば、けじめの季節とも言える。「主よ人の望みよ喜びよ」はそんな季節に聞くに相応しい曲である。セカンドライフとなって数年が過ぎ、自分がいつまで今の企業に在籍できるかはわからない。あくまでも契約次第だからである。若い時分は自分の... 続きを読む

東仙台地区に現存する旧道 東街道を訪ねる

本日は休みを利して宮城野区原町地区~東仙台地区を南北に走る旧道・東街道の探索を行った。文芸誌みちのく春秋に連載中の『東街道をゆく』の取材である。方向的に順繰り北に移動して行くので、この区間が文芸誌に掲載される時期は来年の夏以降になるのかも知れない。それでも備えあれば憂いなしである。私は自分の心にこの言葉を言い聞かせてバイクに跨った。ここは原町通り(旧塩竃街道)と東街道が交わる辻である。ともに旧道な... 続きを読む

東街道をゆく 岩沼編その5

岩沼市の東街道を訪ねたのは5月13日(水)のことだった。本日は岩沼市を走る東街道の近くにある金蛇水神社(かなへびすいじんじゃ)を紹介したい。これは神社に隣接する庭園だが、自然の丘陵を利したもので見事に周囲の景観に飛び込んでいる。金蛇水神社は鳥居を初め、建物全体は結構新しい。鳥居をくぐると藤棚があり見ごろを向かえていた。マスクをつけた年配の方が憩われていた。金蛇水神社の位置を地図でご覧いただきたい。... 続きを読む

亘理町の東街道沿いは遺跡の宝庫

亘理町の東街道沿いは遺跡の宝庫である。本日は2月に撮影した画像をもとにそのうちの4箇所について紹介したい。Google3D立体画像をご覧頂きたい。吉田地区には僅か700メートルの間に4箇所にも渡って古代の遺跡が分布していることになる。この密度は尋常でない。南から順を追って紹介したい。ここはサニータウン亘理の西隣に位置する一の坂遺跡である。亘理町史上巻によると「中原西の緩傾斜面の畑地に存在する遺跡で主とし... 続きを読む

東街道のルートを年代別に追ってみました

三連休も中日の二日目となったが、本日は令和初の天皇誕生日である。天皇陛下は還暦になられたが、本日はメディアのインタビューで「もう還暦ではなく、まだ還暦という思いでおります」と仰られた言葉が印象に残った。そう言えば、かのウインストン・チャーチルが65歳で首相の座に就き、益々頭脳明晰に至ったというが、それから時代が更に進み、平均寿命が延びた現代の60代はまだまだ若いのである。自分もこれにあやかり、気持... 続きを読む

東街道山元町鷲足~大平地区を訪ねて

本日は昨日(2月15日)に訪れた山元町のアップルロードについて紹介したい。本来ならば東街道と言いたいのだが、東街道は平安期~鎌倉期にかけてできた道であり、その多くが朧なものとなっている。亘理郡の東街道の経路をおいかけた資料として「皇国地誌亘理郡付図」(皇国地誌亘理郡附図とも)というものがあるが、これとて明治初期の編纂ゆえ、参考程度とするべきである。図の中央やや左寄りに注目「鷲足」、「小平」、「大平... 続きを読む

亘理町の東街道を巡るバイク旅

二十四節気の雨水にあと四日と迫ったが、本日の宮城県南部はとても2月と思えない陽気だった。昨日には及ばないものの最高気温は仙台で14度まであがり、4月上旬並みの気温となった。私は思うところがあって早い時間にバイクに跨った。行く先は2015年春~2016年秋にかけて住んでいた宮城県南部の亘理町である。亘理町は太平洋に面していることもあり、気候が温暖で冬場は仙台とシャツ一枚違うとも言われる場所である。仙... 続きを読む

東街道の東ルートを歩いてみました

昨日の2月8日(土)、仙台市を通る東街道のうち東ルートを歩いてみた。なぜこのような命名に至ったのかの理由については記事を追って後ほど述べたい。ここは広瀬川に架かる宮沢橋の左岸(北岸)から東街道東ルート方面を見渡したアングルである。実はこの辺りは鎧渕(よろいぶち・鎧淵とも)と言って鎌倉時代に戦が行われた古戦場でもある。文治5年(1189年)8月12日に東街道を下った源頼朝軍(実際に大軍を率いたのは頼... 続きを読む

思いもかけない東街道との遭遇

昨日、太白区の国道286号線界隈を探索している間に東街道の標柱(ステンレス製)を発見した。東街道と言えば、過去の歴史探訪で亘理町、名取市、仙台市で何度か断片的に出遭ったものの、ピンポイント的にしか理解していなかったので、なぜこんなところが…という思いに駆られた。背後のコンクリート構造物は国道286号線の擁壁である。こちらは東街道と直行する大年寺の門前町である。今はすっかり住宅地と化してしまっている... 続きを読む

随筆「平安時代を奔放に生きた貴族の墓を訪ねて」

随筆「平安時代を奔放に生きた貴族の墓を訪ねて」私は以前から名取市の農村部を走る東街道というものに限りない憧憬を感じていた。奥州合戦で源頼朝の率いた大軍が通過したのは東街道だったと言われている。旧道の多く消え去った昨今、その東街道の一部が往時の面影を留めている場所があるという。東街道への尽きない興味とともに、私の脳裏にふと浮かんだのが平安時代の貴公子・藤原実方(実方中将)の存在である。※藤原実方生年... 続きを読む

古代の道へ思いをはせ、極上のカフェを味わう

 東街道の面影を感じ抜群のロケーションに酔う※注釈:東街道は国府多賀城に至る古代の官道「東山道」とほぼ一致するといわれ、中世には「奥大道」と呼ばれ、江戸時代に奥州街道が整備されるまではメインの道として利用されてきたいにしえの道である。  由緒ある東街道が敷地を通り、かつ窓から絶景の景観を誇るカフェがある。その名は喫茶「遊」、仮に過去にいろんなカフェを巡ってきた人がここに居られるとしよう。その人をし... 続きを読む