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歴史随筆「北目城を巡る笊川の戦い」

北目城跡の現在 仙台領古城書上などによると北目城は寛正年間(1461年~1466年)に粟野氏によって築かれ天正年間(1573年~1592年)まで粟野氏の居城で、その後慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで伊達政宗が白石城の上杉と戦うための拠点として使われたとされる。北目城を拠点とした粟野氏は他に、茂ヶ崎城や沖野城にも拠点を持ち、北は国分氏、南は伊達氏を境にして、戦国期には東西に細長い領地を得ていた... 続きを読む

【仮説】笊川の戦いは三回行われた

笊川の戦いに対しての研究も佳境に入ってきた。本日は本日調べ上げた成果を基に、笊川の戦いに関する仮説を立ててみた。尚、今回参考にさせて頂いた文献(飽くまでも本日までのもの、敬称略)を羅列する。順序は不同である。史実については、信憑性が定かでないと思われたものを割愛し、信用に値すると思われるものを選りすぐって採用した。①紫桃正隆著「みやぎの戦国時代 合戦と群雄」②八本松連合町内会、郡山地区連合町内会他「... 続きを読む

歴史エッセイ『忠義か因果か?佐藤為信の生涯』

横町挨拶この作品は三年前に東北福祉大学教授である岡田清一氏の歴史講座「戦国後期における伊達と相馬」を受けたことをきっかけに、その後様々な文献を参考にし、数度に渡る現地取材を経て創作に及んだ歴史エッセイである。史実には忠実に書いたつもりだが、資料をすべて読んだわけでなく自信はない。また、一部には私の私見を加えた部分もあることを始めにお断りしたい。いずれにしても佐藤為信という一人の相馬の武将の寝返りが... 続きを読む