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ウイークエンド/明日から相馬野馬追/総大将は14歳

三橋達也 福島県民謡「相馬流山」リンク曲「相馬流山」「相馬流山」は相馬にとって国歌ともいうべきもので、極めて格調高い調子で歌われる曲である。ここでいう「流山」とは相馬中村藩(奥州相馬藩)祖の故郷である下総の国「流山」(今の千葉県流山市)の地名にあやかったものである。この歌は1323年、奥州相馬家六代藩主・相馬重胤が従者三十余人を率い、住み慣れた下総を後に、奥州相馬地方に下向した際、口ずさんだものと... 続きを読む

相馬の本城があった小高城址を訪ねて

相馬の本城があった小高城址を訪ねて去る7月16日、私はかつて相馬氏の本城があった小高城址(現:小高神社)を訪ねた。小高神社では毎年、相馬野馬追の最後に行われる野馬懸(のまかけ)が開催される場所である。今回小高を訪問した目的の一つが小高城跡(現小高神社)探訪であった。相馬野馬追を一週間後に控え、己のモチベーションを更に高揚に至らしめるのがその狙いである。これは西側(前川上流)から見た小高城址の遠景で... 続きを読む

寝返りを繰り返した黒木城主の遺恨

寝返りを繰り返した黒木城主の遺恨私は或る季刊誌に歴史エッセイを投稿しているが、殊のほかモチベーションをキープすることに留意している。かつて歴史小説を執筆している時、机にばかり向かっていると意気消沈し時としてペンが進まなくなったことが幾度となくあったからである。そのような時に打開に至らしめてくれるのが現地探訪である。やはり現地を自分の足で歩くことで、それまで見えなかった様々なこと(関わった人物の思い... 続きを読む

福島民謡相馬流山の起源となった或る武将とは?

相馬流山by小山みつなリンク曲「相馬流山」解説「流山」は相馬中村藩祖の故郷「流山」(今の千葉県流山市)の地名にあやかったものである。1323年、相馬重胤が従者三十余人を率い、住み慣れた下総を後に、奥州相馬地方に下向した際、口ずさんだものとも言われる。一方で土地の酒造りの時にも歌われたり、鎌倉武士の間に親しまれたとも言われる。元々は侍の間に歌われたもので、相馬野馬追には出陣式時に歌われ、曲も歌詞も極め... 続きを読む