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みちのく春秋 春号への寄稿を終えて

本日、足掛け9年に渡って世話になっている文芸誌「みちのく春秋」への寄稿を終えた。肩の荷が下りた気持ちである。最初に寄稿したには2014年の秋号で、仙台藩士・支倉常長に関する歴史作品であった。あれから8年経とうとしているが、振り返れば感慨深いものがある。自分が寄稿している作品のほとんどが歴史に関することである。郷土愛が高じての歴史作品だが、自分の場合はブログから生み出された作品と言っても言い過ぎでは... 続きを読む

支倉常長末裔・支倉常隆様への追悼

Hasekura Tsunenaga the Samurai Ambassador to Europe in 1615 支倉常長【コラム】仙台藩士・支倉常長の末裔の支倉常隆氏が、去る12月5日に亡くなった。支倉常長と言えば伊達政宗の命を受けメキシコからヨーロッパに渡り、大国スペインとの貿易交渉を担った中心的人物であり、宮城県の誇りでもある。常隆氏は分家筋には当たるものの、支倉常長家の13代当主であられる。常隆氏は2016年に自宅近くで車にはねられ寝たきり(... 続きを読む

支倉常長408年前の出航&本日の帰宅風景

Hasekura Tsunenaga the Samurai Ambassador to Europe in 1615リンク動画について昨日の10月28日で、支倉常長が仙台領月浦を出航して408年が経つ。自分は出航400周年を迎えた2013年に支倉常長に関する歴史小説『金色の九曜紋とともに』を書いた。あれから早いもので8年が過ぎた。歴史小説は自分が主人公に成りきるくらいの気持ちがないと書けない。それだけ大きなモチベーションが必要である。自分にとっての救い... 続きを読む

祝!みちのく春秋発刊十周年

つい数日前に私は文芸誌みちのく春秋に27回目の寄稿を終えた。今回の寄稿に関しては、事前に編集長の高橋みち子氏から、同誌発刊十年に対しての感想や激励をお寄せ頂きたいとのメールが入った。寄稿と一緒にそのメッセージも送り、今は胸を撫でおろしている。二十数回という経験はあるものの、自分の書いた文章が文芸誌に載るとなれば、その都度ハラハラドキドキするのである。自分が同誌に作品を寄せるきっかけとなったのが、み... 続きを読む

古くは東街道だった仙台の鹿落坂

去る9月22日、私は東街道があったとされる青葉区の鹿落坂の対岸の米ケ袋地区を訪ねた。寄稿している文芸誌「みちのく春秋」に連載している『東街道をゆく』執筆の取材のためである。東街道に関しては現若林区白萩町の薬師堂近辺(木下)を通ったとされるが、このルートだと大きく遠回りとなる。広瀬川の渡河に関してはもっと下流の部分(根岸交差点そばの宮沢橋付近)にもポイントがあったと私は考えている。古代から存在した東... 続きを読む

毎朝のカフェ通いで得られたこと

パッヘルベル カノン リンク曲について自分は無宗教で無神論者であるが、このような宗教音楽を好んで聴く。かつて私は仙台藩士・支倉常長(1613年、仙台藩主伊達政宗の命を受け、通商などの条約締結を目的にメキシコ~ヨーロッパに渡る)ことを書いたことがあったが、この曲はキリシタンに改宗した支倉の心境(使命と信仰の狭間にあって、侍として筋の通った生き方を模索する気持ち)を彷彿とさせる曲である。自分が現役時... 続きを読む

歴史小説「金色の九曜紋とともに」第一話「波乱含みの幕開け」

 歴史小説「金色の九曜紋とともに」 第一話「波乱含みの幕開け」奇しくもこの侍が仙台領月浦港を出港したのは今からちょうど四百年前、時代は戦国の世を経た徳川時代であった。数奇な運命を辿った侍の生涯を語る上において、そこには泰平の世を迎えつつ、果てしない野望を生涯持ち続けた主君が存在したことを忘れてならない。侍は主君の命令が全てである。主君から出陣の命があればいつでもこれに従わなければならない。... 続きを読む