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父の五十回忌にその生前を偲ぶ

 五十回忌を迎えた父の生前を偲ぶ 今なお大震災の津波の爪痕消えぬ宮城県石巻市、私は父の五十回忌の法要を営めないせめてもの罪滅ぼしに、墓参りに向うとともに、生前の父の面影を求めて早朝に仙台を出発した。  この日の交通手段は思うところがあり、安易な直通の高速バスを使わずにJR仙石線を使うことにした。とは言え、この路線は津波の被害で全線復旧しておらず、今なお高城~矢本間を途中でJRバスで中継し利用者... 続きを読む

叔父の結婚式と赤い絨毯の追憶

フィガロの結婚叔父の結婚式の回想時は昭和30年代半ば仙台市青葉区一番町江陽会館 明日は叔父の13回忌である。せめて法事ができない罪滅ぼしに、少しでも親愛なる亡き叔父の供養になればと思い、その生涯に敬意を表し、不滅の名曲「フィガロの結婚」を捧げ、この文を書くに至ったことを表明する。  私は今でもこの建物の前を通ると半世紀ちょっと前のことを思い出す。というよりも私の年齢はせめて3~4歳で物事が記憶... 続きを読む

親父と叔父の形見を着け在りし日を偲ぶ

親父兄弟を偲び、ささやかに晩酌する今宵のひと時これは49年前に亡くなった親父の形見のマフラーです。役人だった親父はこのマフラーを身につけて東北各地を出張して歩いたことでしょう。これは12年前に亡くなった叔父の形見のマフラーです。石巻市の開業医だった叔父はこのマフラーを身につけ、仙台市の医師会館に会合に来ていたに違いないでしょう。そしてこのコートも親父の形見のものです。確かに今ではこういったデザイン... 続きを読む

祖父の命日に想う

     忘れられない祖父の思い出 祖父が死んでからきょうで45年になる。祖父に対して一番の思い出としては以前に著した自作小説「祖父からのメッセージ」に書いたように祖父が亡くなる3ヶ月前に行った金華山旅行のことである。自作小説「祖父からのメッセージ」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/23139406.html  あれは私が小学校一年で仙台から石巻に再び戻ってきたときのことだった。いつものように朝... 続きを読む

亡き父の面影を偲ぶ小旅行

亡き父の面影を偲び、半世紀前の住居を訪ねる旅 私はブログで紹介している通り宮城県石巻市生まれですが、幼稚園にあがる少し前に仙台のこの地に引っ越してきました。(その後再び石巻に戻る)私が住んでいた梅田町は仙台市都心よりは北部に5キロほど行ったあたりになります。 この川は仙台市蒲生地区を河口とする七北田川水系の支流で梅田川といいます。ありました!正直言ってここに来るまでは半世紀前に暮らしたその家が現存... 続きを読む

50数年前のある日の祖父と私

 三つ子の魂、百までも。 これは先日従妹から送られてきた実家石巻市の生家(お菓子屋)で撮影された祖父と私の写真である。 今になって思えば軍人あがりで昔気質の頑固な性格となろうが、幼い私にはその片鱗すら感じさせなかった。菊の花と酒をこよなく愛した祖父に私は溺愛されたのである。この机の引き出しは私の好奇心を満たす絶好の遊び道具でもあった。祖父は毎日かかさず晩酌し、この日も座イスに座って夜遅くまで酒をた... 続きを読む

故郷、石巻の由来「巻石」

ここが私のルーツです。(震災前) きょうは気仙沼、塩釜とともに宮城県を代表する港町であり、私の生まれ故郷でもある石巻(いしのまき)市の由来と言われる巻石(まきいし)を紹介します。 石巻市の位置ですが仙台から北東に約60キロ、旧北上川河口に開けた宮城県では仙台に次ぐ都市です。 古くから活気ある港町として栄え、牡鹿半島の玄関口ともいえる交通の要所でもあります。私は生まれてから、幼稚園時代をのぞいて小学3... 続きを読む