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私にとって酒を飲む意義&祖父への敬愛

 名曲アルバム「行進曲“威風堂々” 第1番」 【コラム】久しぶりにエルガー作曲の「威風堂々」のリンクである。「威風堂々」はイギリスの第二国歌と言われるだけあって格調高い曲である。個人個人の人格を重んずるという意味において、イギリスは我が国をはるかに凌いでいる。それはけして先の大戦の戦勝国ということだけでない。かつて、イギリスは日の沈まぬ国と言われただけあり、今でもその威厳を十分に感ずるものがある。私... 続きを読む

大規模改変工事佳境に入る:石巻住吉神社のその後を追う

3年前から故郷石巻に住吉神社の大規模な改変工事をレポートしているが、本日は去る9月10日(土)の石巻訪問の際に撮影した写真をもとにして、住吉神社周辺の最新の状況についてお伝えしたい。このGoogle3D立体画像は工事が始まる前の立体画像である。右が北の方角である。私の生家のあった横町(現千石町)とは目と鼻の先の距離である。よく見ると護岸に応急の堤防が設置されているので、震災後の画像と思われる。右下の灰色... 続きを読む

久しぶりに訪ねる故郷石巻 ダイジェスト版

本日、久しぶりに故郷石巻に行った。始点は県庁市役所前、始発は7時57分である。高速バスの乗客はたった10名ほどであった。石巻市内の生家の近くに差し掛かった。信号の前の左右の通りが旧横町(現千石町)である。この後、終点の石巻営業所でバスを降り、30分ほど歩いて旧北上川左岸(東岸)のマルホンまきあーとテラス(石巻の文化センター)に着いた。まきあーとテラスは過去にも紹介したが、昨年の2021年にできたば... 続きを読む

石巻かわみなと大橋の紹介(YOU TUBEより)

石巻かわみなと大橋が令和4年3月30日開通。門脇地区と湊地区のアクセスが格段に向上リンク動画について去る3月30日、石巻かわみなと大橋が開通した。実はこの橋は設計上のミスがあって完成が遅れたといういわくつきである。粗雑工事の不手際(設計における不適合で請け負ったコンサルタント業者が一箇月の指名停止処分を受けた)があった。内容を知りたい方は昨年の11月にアップした拙ブログhttps://gbvx257.blog.fc2.com/blo... 続きを読む

石巻人が作った郷土冊子「石巻百科」

私は石巻千石船の会という郷土研究会に所属しているが、先日会報誌(二箇月に一回発行)とともに、このような小冊子が送られてきた。「石巻百科」である。ページ数は143ページほどである。編集に関わった団体をご覧頂きたい。石巻アーカイブは特定非営利活動法人である。石巻観光ボランティア協会も非営利団体となっている。編集に関わった組織や個人は多い。もちろん私が所属している石巻千石船の会も協賛し、資料提供などを行... 続きを読む

大空の下の石巻郊外ウォーキング

   自衛隊行進曲「大空」   【リンク曲について】自衛隊行進曲「大空」のリンクである。福岡国際マラソンのテレビ中継を見た際に、スタート直後に自衛隊の生演奏で聞いた曲がこの曲である。大変スケールが大きな曲だが、作曲者の須摩洋朔(すま ようさく1907~2000)は陸上自衛官で作曲家であり指揮者、トロンボーン奏者でもあった。最終階級は陸軍軍楽大尉である。「陸軍分列行進曲」、栄誉礼冠譜「栄光」、隊歌「... 続きを読む

石巻まきあーとテラスに行ってきました

本日は休みを利用して石巻市の複合文化施設マルホンまきあーとテラスに行ってきた。ここでマルホンについて説明したい。石巻を本社とする建設会社にマルホン工業というゼネコンがあり、命名権を取得しているということである。まきは石巻のまき、アートは文字通り芸術である。聞きなれないせいか新鮮に聞こえるが、徐々に知名度が増して行くものと思われる。建物は今年(2021年)の4月に竣工したばかりである。仙台からは高速... 続きを読む

石巻市羽黒山からの眺望

本日はだいぶ前になるが、去る11月7日に郷里石巻に行った時に撮影した画像を紹介したい。下の画像は石巻駅前で高速バスを降りて間もなく撮影した石巻市役所である。イオンが1階に入ったやや風変わりな庁舎だが、震災前にはさくら野百貨店が入っていたビルである。2010年3月には石巻市役所が入ったが、権利を市が買い取ったものと思われる。このビルは市役所にしては珍しいピンク系統の外壁だが、そのような事情があったの... 続きを読む

石巻市住吉神社近況 その2

本日は去る11月15日(月)に訪ねた石巻市の住吉神社(正式には大島神社)の近況をお伝えしたい。郷里石巻市には、8日前の11月7日(日)とは別件での訪問である。工事は宮城県内に本社がある建設会社が請け負っている。ホームページリンクhttp://www.maruka-cons.co.jp/住吉神社の整備は護岸工事とセットとなっている。境内を始めとした周囲の土地を大量の土砂でかさ上げするのがメインの土木工事である。この道路は住所は... 続きを読む

吉田松陰が泊まった石巻:粟野杢右衛門屋敷跡

私は以前、織田久著「『嘉永五年東北』吉田松陰『東北遊日記』抄」を読んで吉田松陰が嘉永5年(1852年)に東北を遊歩した時の主な旅程をブログに書いた。①吉田松陰が遊歩した東北一https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-104.html②吉田松陰が遊歩した東北二https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-103.html一方で、松陰が訪れる64年前の天明8年(1788年)に、石巻を訪れた古川古松軒(地理学者)は「石の巻は奥州... 続きを読む

石巻市(仮称)鎮守大橋の設計における不適合で指名停止処分

 (仮称)鎮守大橋:石巻の新しく出来る橋の名称を募集してます! リンク動画について石巻市では現在新しい橋が建設中である。場所は旧北上川河口から500メートルほど上流側に行った門脇地区である。南浜地区の震災復興記念館の傍の高台から橋を望んでみた。動画が撮影されたのは1年4箇月ほどまえだが、だいぶできてきたようだ。新しい橋の名前は去る10月5日に「石巻かわみなと大橋」と決まった。近くに来てみた。... 続きを読む

石巻市千石町縄張神社の探訪

一昨日の11月7日、私は郷里の石巻を訪ねた際に、或る小さな神社に立ち寄った。神社の名は縄張神社である。折しも七五三と思しき家族連れがお参りに訪れていたようで、微笑ましいものを感じた。祖父母と母親に連れられた女の子の表情が可愛かった。🥰縄張神社の由緒を語るならば、江戸時代初期まで遡らねばならい。祀られている人物は我が祖父方のルーツ一族が仕えたとされる仙台藩士:川村孫兵衛重吉である。彼は石巻の英雄でも... 続きを読む

速報!石巻住吉神社改変工事の近況

本日の11月7日、私は高速バスで郷里石巻に足を運んだ。(移動時間は1時間10分くらい)菩提寺で墓参りを済ませた後で、かさ上げされた北上川の河口の堤防の上を歩き、生家近くの住吉神社に向かった。河口の南浜地区には震災復興記念館も出来たが、その様子は後日の記事に回して、住吉神社(正式には大島神社)の近況をお伝えしたい。先ずはこの画像をご覧頂きたい。以前は海抜1~1・5メートルほどしかなかった地盤がかさ上... 続きを読む

郷里石巻の日和山公園の桜をYOU TUBEで紹介

 石巻・日和山公園 海を見下ろす桜並木 リンク動画についてKAHOKUSHIMPOチャンネルへのリンクである。今年は故郷の郷土研究会「石巻千石船の会」の総会がコロナで中止となり、少し落胆していたが、YOU TUBEで地元新聞のスレッドを発見し、リンクに至った次第である。目の前には太平洋が広がる。幼い時から親しんだ海である。日和山は伊達の所領となる以前の中世までは、葛西氏が城を構えた場所であり、元禄2年(1689年)に... 続きを読む

年始を迎えた郷里石巻と空中散歩

  2021年最初の石巻の空中散歩  リンク動画について石巻のユーチューバー黒澤健一 /Kenichi Kurosawaからの引用である。黒澤氏は水回りの仕事をしている会社の店長をしておられる。仕事の合間にドローンを使って石巻の空撮をしているが、本日はその動画をリンクさせて頂いた。最初に登場するのは石巻市が109億円の額を投じて建設している複合文化施設「まきあーとテラス」である。1月に竣工ということで建物のほうの工事は... 続きを読む

祖父との今生の別れ、五十数年前の金華山への旅と宿泊施設の判明

  【4k】宮城 牡鹿半島~金華山 空の旅. by DJI Mavic Pro.  リンク動画についてYOU TUBEサイト・ゆでゆでゆでこ様からのリンクである。4K画像はドローンからの撮影と思われるが高画質で、後にテレビ局から放送させて欲しいという依頼もあったという。実は先日石巻を訪れたユーチューバーの大川原明氏が、牡鹿半島東端のホテルニューさか井に宿泊したスレッドを見て、いろいろと調べて行くうちに、偶然にこの動画を見つけ、そ... 続きを読む

令和2年末の石巻市街地のオンボード動画

【震災で大きな被害】宮城県第2の都市「石巻」市街地を運転(ドライブ)The city center of Ishinomaki city in MIyagi prefecture,Japanリンク動画について動画はYOU TUBEからのリンクだが、AKIRA-Travel-Channel/ジャーナリスト大川原 明アキーラ海外見聞録様のサイトである。撮影日は8日前の12月9日である。Google航空写真でルートを確認して頂きたい。ちなみに大川原氏は石巻市役所~石巻駅~石巻グランドホテルの脇を通っ... 続きを読む

総工費109億円で石巻に複合文化施設を建設中

 石巻の複合文化施設愛称決定!「まきあーとテラス」 リンク動画について石巻市に拠点を置く設備企業の店長を務める黒澤健一氏のサイトからの引用である。黒澤氏はドローンで撮影した石巻の動画を複数YOU TUBEに投稿しているようだ。紹介する建物は現在石巻市が多額の工費をかけて建設している複合文化施設(愛称:まきあーとテラス)である。正面図をご覧頂きたい。切妻、陸屋根と凸凹したデザインがユニークだが、建築デザイナ... 続きを読む

石巻の新内海橋を古いバイクで走る

  石巻の『新-【内海橋】』をメグロで走る❗  リンク動画についてノスタルジーを感じるオートバイは1961年(昭和36年)製造のメグロS7(250CC)である。オートバイに興味のあるかたはOHVエンジン特有の重低音の排気音に聞き入って頂きたい。この時代はアナログ時代全盛の頃であり、全てがおおらかな時代であった。まるでタイムスリップしたかのようなオンボード画像だが、BGMと言い、効果音と言い、なかなか練られた... 続きを読む

随筆「石巻人気質」

はしがき 本日は私が生まれ育った石巻のことについて述べたい。石巻は港町でありよく進取の気風にあふれた町と言われるが、これは非常に的を得た表現である。藩政時代は藩主が住む仙台と15里(約60キロ)も離れていて、監視の目もさほど届かなかったことだろう。もちろん目付役の侍も居たわけだが、職業の構成の大部分が商人や職人、漁民の町だったので多少のことには目を瞑っていたことだろう。藩政時代に培われたこのような... 続きを読む

動画で振り返る 我が故郷石巻の昭和時代

 宮城県懐かしい昭和の映像★石巻市 リンク動画についてYOU TUBEでお宝映像を見つけた昭和時代の石巻の動画である。投稿者であるトコトコ煌チャンネル様にはこの場を借りて感謝を申し上げたい。冒頭では仙石線を走る昔の列車が映っている。大変懐かしい車両で昭和中期の頃のものと思われる。自分の親戚縁者の多くは物故してしまったが、この列車を見ていると、その一人一人の顔や生き様が脳裏に浮かんで来るのである。今となって... 続きを読む

郷里石巻の記事に訪問が集中したことが判明

私は二三日に一度の割でGoogleアナリティクス(アクセス分析ソフト)を用いて、どんな記事に訪問が集まったかチェックしているが、今回意外なことがわかった。これはここ一箇月以内に更新した記事のベストファイブのうち、なんと石巻(私の郷里)の記事が三つも入ったことである。1位となったのは幕末の安政2年(1855年)に石巻港に突然現れたアメリカの黒船「ビンセンス号入港事件」の記事であった。ペリーの浦賀入港後の2... 続きを読む

石巻ハリストス正教会堂が再建されました

本日は石巻市中瀬に再建された石巻ハリストス正教会堂を紹介したい。この建物は元々千石町(旧新田町)にあったが1978年の宮城県沖地震で被害を受け、その2年後の1980年にここ中瀬に移転された。その後2011年の太平洋沖大震災の津波で半壊し、大修復を経て昨年の2019年に再建されたものである。画像は西側からのアングルである。石巻ハリストス正教会堂の庭から河口側を望んでみた。正面の白い建物の左側には日和... 続きを読む

石巻の都心部に建つ高層マンション

去る1月19日に郷里石巻に行ったとき、帰り際に12階建ての高層マンションを見かけた。ホテル関係はともかく、マンションでこの高さは現時点で石巻で最も高いものと考えている。本日はこの分譲マンション・デュオヒルズ石巻マークスを紹介したい。中瀬から橋通に差し掛かり、至近距離からの撮影だったので、とてもカメラには収まり切れなかった。白で統一された建物が冬の日に眩しいほど輝く。このマンションは石巻市街地のこれ... 続きを読む

石巻市の新旧内海橋の近況をお伝えします

本日は石巻市旧北上川に架かる内海橋と新内海橋の近況を紹介したい。住吉公園の改変工事の進捗状況を見た私が向かったのは中瀬(中州にできた島)である。中瀬に向かう途中の中町から新内海橋を見てみた。ここからもわかるが、大型のクレーンが入っているのを見ると、新内海橋はまだまだ完成してないようだ。画像を見て頂きたい。橋本体のほうはかなりできているようだが、岸の道路への取り付け工事が終わっていないようだ。こちら... 続きを読む

石巻市住吉公園改変工事の最新状況

本日は石巻市住吉公園の改変工事の最新情報をお伝えしたい。紹介する画像は昨日1月19日時点の工事進捗状況である。以前の住吉公園を知っているかたには、ここが同じ場所とはとても思えないことだろう。大量の盛り土によって、平らだった境内や公園が見る影すらなくなった気がする。上流側からのアングルである。ブロック積みの擁壁が相当出来てきている。小高く台地状になっているのが新たな境内となる部分である。用途上歩行者... 続きを読む

生家のあった石巻市旧横町に行ってきました

2018年より文芸誌みちのく春秋に5回に渡って連載した『我がルーツと大河北上』が完結し、私は区切りをつけるために生家のあった石巻市旧横町(現千石町)に向かった。交通機関は高速バス(宮城交通)である。1時間40分ほどで、千石町(降車専用)の停留所に到着した。ここは旧横町に直行する新田町である。元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が石巻を訪れた際に、曾良とともに宿泊した四平衛の家があったとされる石巻グランド... 続きを読む

85年前の日本画「石巻の暮雪」

本日は今から約85年前の石巻を描いた日本画「日本風景集 東日本篇 石巻の暮雪(1935)」を紹介したい。1935年と言えば、昭和10年で第二次世界大戦が始まる前のことである。高村光太郎が石巻を訪れたのは昭和6年なので、それからわずか4年後となる。昭和6年8月に石巻を訪れた高村光太郎は紀行文「三陸廻り」の中の一節で「石巻西内海橋に近い福島屋旅館の欄干の前を大北上川が鷹揚に流れている。仲の瀬島(中瀬)を... 続きを読む

動画から2008年の石巻を振り返る

 石巻市内 2008年(車載カメラ②) 本日はYOU TUBE動画で車載カメラによる2008年の石巻市内の流し撮りを見つけたので、引用させて頂いた。動画を拝借したかたにはこの場を借りて厚く御礼申し上げたい。動画は全部で三つ(①~③)あったが、全部掲載すると13分近くになるため、中核を成す②のみの掲載とした。先ずは現市役所である。2008年というと震災の3年前だが、この時はさくら野百貨店が入っていた。この後市役所と... 続きを読む

追憶の中の石巻・大華楼のラーメン

本日は私が生まれて初めてラーメンの味を教えてくれた店を紹介したい。生まれ故郷石巻の湊地区に存在したラーメン店・大華楼(たいかろう)である。この画像は2010年の3月20日に撮影したものなので、震災の一年前ということになる。木造モルタル塗りの建物だが、私が小学生時代に見た建物とは明らかに違う気がする。何せ1960年代のことなので、或いはその後に改築したのかも知れない。旧北上川に架かる東内海橋から見た... 続きを読む

10年前に撮影した石巻 岡田座

本日は十年前の2009年に撮影した石巻の中瀬の画像を再掲載したい。中瀬は文字通り北上川河口の近くに出来た中州の島である。この島の多くは謎に包まれているが普請によって造られた(流量の割り振りとして、右岸側7割、左岸側3割の狙い)人工(天然の中州に出来た島に盛り土などを施したと思われる)の島で、宝暦年間(1751~1764)の普請でも意図的に残されたとされる。※本町(右岸)側から上流部に向かって撮影震... 続きを読む

石巻での松尾芭蕉の足取りを追う

石巻に松尾芭蕉が立ち寄ってから今年で330年となる。私が所属している石巻千石船の会は去る6月26日(松尾芭蕉の訪れた旧暦を新暦に換算)に、松尾芭蕉の足取りを追うという企画を催した。(会報誌の画像から十数人が参加した模様)残念ながら私は参加しなかったが、石巻千石船の会の資料から元禄2年(1689年)5月10日当日の凡その足取りを推定してみた。その前に仙台~石巻~登米にかけての芭蕉の足取りを掲げる。石... 続きを読む

或るブロ友様ゆかりの昭和の石巻

本日は或るブロ友様ゆかりの石巻をお伝えしたい。ここは仲町の仙北バス石巻営業所である。ブロ友様は過去において、この営業所に勤めていたときがあったという。実は私も一時このバス停を利用して通学していたことがあったので不思議な縁だと考えている。これは推察だが、この営業所には宿直が置かれ、毎日寝泊りしたのではないだろうか?写真は「石巻・東松島・女川今昔写真帖」郷土出版社発刊より引用・邉見清二氏(石巻千石船の... 続きを読む

石巻の花街としての顔を描いた作品

我が故郷石巻は港町である。港町には花街がつきもので石巻もその例外でなかった。今回紹介する文学作品と建物(残念ながら今は存在しない)は、その縁を偲ぶものである。作品を書いた作家は徳田秋声、数ある職業の中で小説家ほど、その歩んできた人生遍歴を重視されるものはないだろう。71歳にしてこの作品を著した彼にはそんな大衆の欲求を十分に満たすものがあった。それは彼が男やもめになった55歳ころから始まったKさんと... 続きを読む

百年近く前の石巻写真

本日は百年近く前の前の石巻の写真を掲載したい。これは大正11年(1922年)撮影の日和山入口(北東部)である。私の父親が生まれた頃であるが、写っている人物の服装は全て和装のようである。日和山に至る坂には、階段があり車での登坂は考えられてないようだ。震災前の頃と見られる写真(ほぼ同じアングル)である。周囲の建物や車での登坂が可能となった様を見ると、80~90年に渡る時の流れを感じる気がする。これは大... 続きを読む
[タグ] 巻石 佐々木惣吉

大正時代の石巻住吉界隈の写真

本日は「ふるさとの想い出写真集 明治 大正 昭和 石巻」よりモノクロ写真を掲載したい。最初に紹介する写真は石巻の地名の由来となった巻石のある雄島である。木製の太鼓橋が印象深い。大正年間の撮影と見られるが、着物を着ている人が多く大変貴重な写真である。戦後間もない昭和24年(1949年)の撮影。住吉町の相馬藩邸脇の撮影と見られる。現在の住吉小学校には藩政時代には18棟の御蔵があったが、その北側にはこのよ... 続きを読む

石巻の明治、大正の風俗写真

去る5月18日(土)仙台市青葉区図書館(メディアテーク)より石巻の写真集を借りた。題名は「ふるさとの想い出 写真集 明治、大正、昭和 石巻」である。前回掲載した「グラビア石巻」が主に昭和時代の写真であるのに対して、こちらは年代の対象が広く、明治~昭和となっている。自分のルーツとも関わってくる写真ゆえ、今回も興味深い心情でモノクロ写真を拝見した。これは見開きの部分である。橋本晶氏は郷土史家として有名... 続きを読む

昭和五十年代の石巻の写真公開します!

本日は先日紹介した「後世に残す グラビア 石巻」(撮影と編集は亀山幸一氏)から石巻の町場のモノクロ写真を紹介したい。これは湊側(旧北上川左岸)から西岸(仲町方面)を望んだ画像である。但し「後世に残す グラビア 石巻」は仙台メディアテーク(市立図書館)に一冊しかなく、閲覧はできるものの持ち出し禁止となっている。それでも自分はどうしてもこの写真を撮りたかったので、撮影許可申請を提出し、許可を取得した数... 続きを読む

明治から昭和にかけての石巻の写真

本日は仙台市青葉区図書館(メディアテーク)で許可をとって石巻の明治から昭和にかけての写真を撮影してきた。許可を申請したのは先週の土曜日(5月18日)で、翌日の19日に撮影許可の決済が下りた。申込書には撮影の理由を記入する欄があるが『郷土史研究の為」等と書けばOKである。ちなみにこのようなケースは今までになく、自分が始めてとのことであった。発行は昭和56年で1000部の限定出版である。¥8,500とは... 続きを読む

横町利郎を名乗って一年

横町利郎を名乗ってそろそろ一年になる。横町利郎の前のペンネームはミック○○(丸の中は本名)である。歴史ものを主としている以上、カタカナの入ったペンネームはどんなものか?と悟ったのが理由だが、横町利郎というペンネームの構想は三四年前から既に持っており、数人のブロ友様に胸のうちを明かした記憶がある。横町(宮城県石巻市)は私が生を受けた町の名(今は千石町)で尊敬する祖父母を語る上で欠かせない地名である。利... 続きを読む
[タグ] 横町利郎

石巻市横町時代の回想

去る4月21日、私は久しぶりに生家のあった石巻市旧横町(現千石町)を訪ねた。これが平成最後の訪問となったわけだが、この九年間(2010年~2019年)の移り変わりは目まぐるしいものがあった。震災前の2010年5月に撮影した旧横町をご覧願いたい。斜陽とは言え、かつての商店街の面影を感じなくもないものがあった。 これは現在の旧横町である。大変残念だが、8年前の震災で近代の斜陽傾向に更に拍車が掛かった感... 続きを読む

石巻墨廼江堀・横町川の想定図

宮城県石巻市に昭和中期頃まで存在した墨廼江堀・横町川・浪立川の位置を現代の写真にプロットしてみたい。こうした試みは少なくともインターネットでお目にかかったことがない。それとこの三つの川の名前を知っているかたは郷土史によほど詳しいかたか、土地の古老である。古老とは言っても、恐らく私くらいまでの年代が目一杯で、地元石巻でも、若い世代に至ってはほとんど知らないことと察している。自分がやらねば誰がやる。本... 続きを読む

石巻住吉神社・工事で大規模な改変

去る4月14日、私は石巻千石船の会総会出席の為、郷里石巻を訪ねたが、その際生家の近くの住吉公園に立ち寄った。本日は住吉公園(住吉神社)の最近の状況を画像を添付の上、紹介したい。実はこの住吉公園エリアは現在大規模な土木工事が行われていて、過去の面影がなくなるほど改変されてきている。これはGoogle3D立体画像による3年ほど前の住吉公園周辺である。 神社の境内にあった石碑や鐘楼などは一時的に近くの空き... 続きを読む

石巻のシンボル「巻石」の昨今

本日は去る4月14日に訪れた郷里石巻の地名の由来でもある「巻石」(まきいし)の最新情報をお伝えしたい。巻石は住吉公園の東に位置する雄島の北に位置する畳一畳ほどの石である。※写真提供:泰弘様(背景から昭和初期頃の撮影と思われる)  2009年7月頃の巻石(横町撮影)手入れの行き届いた雄島の松と相まって見事な調和を見せている。正に絵葉書にしたくなるような情景である。 震災後の2011年9月... 続きを読む

大街道騒擾事件と我がルーツ

大川家の帰農と大街道入植(※大川家は横町利郎の祖父方ルーツである)戊辰戦争に破れ、石高を半分以下とされた我が仙台藩にとって、明治は試練の時期と言える。大川家もその激動の中で喘いでいた。冬になると掘立て小屋には容赦なく隙間風が吹き込んでくる。食糧事情も劣悪で皆が生きるのに必至だった。そんな時に県による士族授産が行われることになった。1880年(明治13年)門脇村の牡鹿原に(現宮城県石巻市大街道地区)... 続きを読む

川村孫兵衛菩提寺を訪ねて

世に「思い立ったら吉日」という言葉がある。本日の私の行動は正にこの言葉に裏づけされたものとなった。私は朝7時前に家を出て電車に乗り込んだ。目的は祖父方ルーツが世話になった仙台藩士・川村孫兵衛重吉の菩提寺である石巻市普誓寺に行く為である。出来たばかりの仙石線石巻あゆみ野駅で降り、最初に向かったのは青葉神社である。青葉神社訪問は2014年11月30日以来である。この時は遠田郡在住の知人Kさんと待ち合わ... 続きを読む

墨廼江町という我が故郷

一昨日、自分が生まれた北上川西岸(石巻地区)がかつて墨廼江町(すみのえまち)と言われたのを知った。但し、これは酒造会社のホームページや酒関連のサイトでしかヒットしない。「郷土史としての墨廼江」は全くヒットしないのが気になるところである。念の為一昨日掲げた記事をもう一度掲載する。下:由紀の酒HPより引用墨廼江酒造は1845年(弘化2年)創業。蔵のある住吉地区は昔より水を司る神様を祭った墨廼江神社(現・... 続きを読む

横町の隣町の古写真

今日は石巻かほく(河北新報の地方紙)からの引用である。掲載は2018年10月7日(日)で解説はいつもの通り、石巻千石船の会会長の辺見清二氏である。「よみがえる1951」(昭和26年)と題したシリーズは35回を向かえる。この写真の撮影者は、当時の朝鮮戦争の最中、宮城県沿岸部に駐留した米軍軍医のジョージ・バトラー氏(1911~1974)である。堀の両側の建物も荒廃し、如何にも戦後という気配が漂っている... 続きを読む

米軍医が写した石巻写真の一枚

石巻かほく(河北新報姉妹紙)という地方新聞がある。毎週日曜日の第一面を飾っているのがジョージ・バトラー氏(米国軍医・1911~1974)が昭和26年(1951年)に撮影した石巻(私の故郷)の写真である。本日は最寄の河北新報販売店を訪ね、5月からのものを揃えた。9月30日に掲載されたのがこの記事である。(約1MBの画質なので拡大すると記事が全て読めます)新田町は私の生家の横町と隣町で、住吉小学校在籍時... 続きを読む

生家周りの明治時代地図

先日、石巻千石船の会のH会長にみちのく春秋を送り、現在蛇田町(現:旭町)の町割りを調べていると伝えたところ、このような興味深い資料が送られてきた。明治時代の蛇田町の地図である。我が故郷石巻には墨廼江という銘酒があるが、墨廼江はこの濠の名前(別名:蛇田かいこほり)から取ったものらしい。このように建物一つ一つの名称がわかるのは大変有り難い。この界隈に妓楼(遊郭)が多いというのは以前から聞いていたが、そ... 続きを読む