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私と指向が良く似た一人の先賢

先日仙台市図書館からこのような図書を借りてきた。「きたかみ」と題打った随筆だが、本日はこの作品について述べさせて頂きたい。著者は石巻出身ではないものの。北上川河口の港町・石巻に思い入れの強いかたである。この本が出版されたのは昭和45年(1970年)ゆえ、今からおよそ半世紀前になる。著者は小学校の教員を勤められた(執筆時は現役と思われる)だけあって文学的な指向の強いかたである。冒頭に登場する徳田秋声... 続きを読む
[タグ] 須藤良吉

永井荷風とカツ丼

130320京成八幡・永井荷風の散歩道(1)「大黒屋のカツ丼」https://www.youtube.com/watch?v=AwcG7q6b8kAリンク動画について皆さんはカツ丼は好きだろうか?カツ丼は私の大好物の一つである。本日はカツ丼をこよなく愛した一人の作家を紹介したい。作家の名は永井荷風である。彼は晩年に千葉県市川市の八幡に住んだ。彼が毎日のように通ったのが食道・大黒屋である。永井荷風が好んだカツ丼と日本酒のセットは8分頃から登場する... 続きを読む

菊池寛「仇討三態」と私の接点

つい先日、菊池寛の「仇討三態」を読んだ。歴史小説というより時代小説の要素の強い作品だが、史実が全く含まれてないこともない。三態のうちの一話に、宮城県の石巻(往時は牡鹿郡渡波)で起きた新発田藩士・久米幸太郎による実話も登場する。本日は「仇討三態」の粗筋を記すとともに、自分にとっての「仇討ち」とが一体何なのかについて考えてみたい。その一主人公は二十二歳から父の敵討ちを果たす為、六十余州を訪ね歩く。国を... 続きを読む

次に読みたい本

次に読みたい本着々と断捨離を行い読書環境を整えつつある私だが、本日は次に読みたい本を紹介したい。本日AM雑誌類の断捨離を進めていたところ、このような雑誌が私の目に止まった。2000年のサライ深秋特大号である。この雑誌は広告にしても内容にしても中高年にピッタリといった感じがする。40代の頃はやや背伸びして読んでいたこの雑誌が、今の私の感性にピッタリとはまるのは、何か不思議な気がする。井伏鱒二が58歳... 続きを読む

吾輩は小説家である

NHK歴史ヒストリア「漱石先生と妻と猫」リンク動画解説(時間のないかたは30分過ぎの黒猫の登場するシーンからご覧ください。)YOU TUBE版のNHK放送のリンクは何れ消去される運命になる。「今が旬」という言葉があるが、読者様に於いては消去される運命の儀、何卒ご了承頂きたい。本日私がリンクした「歴史ヒストリア 漱石先生と妻と猫」夏目漱石が処女作『吾輩は猫デアル』を発表し、文壇にデビューしたころの逸話である。※※※※... 続きを読む

己の師匠を描くために参考にしたい本

己の師匠を描くために参考にしたい本私はブログを始めてから主に歴史ものやエッセイを中心に執筆を重ねてきたが、ここ数年執筆意欲が高まってきている分野がある。それは自分が尊敬し師と仰ぐ人物に関するものである。多くの作家は自分が師事した師匠のことを作品に残している。従って、私は何れは自分の尊敬する人物に関して語り、それをまとめたいたいという動機でこうした作品を読んでいる。①歴史作家早乙女貢が執筆した... 続きを読む

震災当日の朝の村上海岸とこれを描いた島尾敏雄の純文学

震災当日の朝に撮影した南相馬市村上海岸※日時指定投稿きょうで震災から三年が経つ。あっという間に過ぎた三年であったが、この震災は自分の人生観をも変えるような大きな出来事でもあった。三年前の私が携わっていたのは福島第二原発内でのある仕事であった。震災当日の夜は地震でズタズタになった道路と大津波の爪痕で仙台への帰路に関しては命かながらの脱出であった。当日の様子はこの書庫「震災を越えて」の中の一番古い記事... 続きを読む

太宰治の最高傑作「津軽」とは?

  小説「津軽」は不朽の名作昨今、私はブログ仲間の和奴さん(青森県弘前市在住)から感化を受けた或る作家があった。彼の名前は太宰治。まさに剃刀のような鋭い切れ味を彷彿させる文章は稀代の天才作家に相応しいものがある。三連休中日のきょうは仙台市図書館(メディアテーク)に足を運んで彼のビデオ(過去にNHKTVで放映したもの)の第一作と最終作の二作を鑑賞した。 休日のひと時、様々な雑念から開放されて好きな作... 続きを読む

舞踏会で芽生えたロマンス❤…

 芥川龍之介大正8年(1919年)作「舞踏会」 明治十九年十一月三日の夜であつた。当時十七歳だつた○○家の令嬢明子は、頭の禿げた父親と一緒に、今夜の舞踏会が催さるべく鹿鳴館の階段を上って行った。明るいガスの光に照らされた、幅の広い階段の両側には、ほとんど人工に近い大輪の菊の花が、三重の籬(まがき)を造つていた。  菊は一番奥のがうす紅、中程のが濃い黄色、一番前のが真っ白な花びらをふさの如く乱して... 続きを読む

幻覚で歯車が見えた時…

見えるはずのない歯車が見えたとき…              昭和二年、芥川龍之介作「歯車」                    粗筋 見えるはずのない歯車や鱗のついた銀色の羽根…ホテルの一室に滞在しながら小説を書く私は幻覚に悩まされていた。そしてレエンコートを着た謎の男が時折現れるが、その正体は自殺した義兄の幽霊とわかり私は恐怖におびえる。  ホテルに滞在しながらある日外出した私はあるキリス... 続きを読む

出発は遂に訪れなかった。しかし…

特攻隊隊長ながら、出撃命令が出ないまま終戦を迎える昨日8月15日は終戦記念日だが、きょうは終戦にちなんだ文学作品をお伝えする。自らの稀なる戦争体験を小説に綴った作品「出発は遂に訪れず」(昭和37年、島尾敏雄作)               島尾敏雄(1917~1985) 奄美諸島の加計呂麻島は隣の沖縄本島と違い、終戦当時爆撃は受けたものの米軍の侵攻は受けていなかった。海軍士官だった島尾はそんな島に... 続きを読む

命さえ助かれば――

        短編だが心に残る名作「トロッコ」芥川龍之介は新原家の長男として、明治25年3月1日、東京市京橋区入船町に生まれた。 彼の生まれた年は父が43歳の男の厄年、母が33歳の女の厄年であり、大厄の年の子であった。そしてこの当時の迷信に従って彼は形式的に捨て子にされ、母の兄である芥川家に引き取られた。これはたとえ形式的にせよ彼の人生に負い目を感じるものとなっていっ... 続きを読む

五常をわきまえねば地獄に堕ちる外あるまい…

  地獄を見て描いた絵とは?芥川 龍之介1892年(明治25年)3月1日 - 1927年(昭和2年 )7月24日)代表作羅生門にも見られるように、彼の作品の特徴はあえて人間の根底に潜む醜さ、卑しさを著し、その反面人間社会の道徳とは何なのか?を訴えるものが多いことである。          以下、小説「地獄変」より抜粋  堀川の大殿様のやうな方は、これまではもとより、後の世には恐らく二人とはいらつしやいますまい。噂... 続きを読む

発展を遂げる前の武蔵野を情感豊かに描く

 武蔵野の林に一日中たたずみ、その妙に浸る国木田独歩(1871~1908)。彼は日本の自然主義文学の草分け的存在の一人である。代表作「武蔵野」時は今から約110年以上さかのぼる。1898年、まだ自然がいっぱい残っている武蔵野(東京近郊北部~埼玉県)が舞台である。 この古地図を良く見て欲しい。そして現代の地図と見比べて欲しい。古地図は1856年(安政3年)ころの武蔵国のものである。独歩が武蔵野を散策し... 続きを読む

まだ見ぬ足摺岬を想像で描いた作品

彼は荒れ狂う足摺岬の海を吠えたてる幾十ものけものがおしよせるようにと著した。 そして…以下小説「足摺岬」より抜粋   重たく垂れこめた雨雲と、果てしない怒涛の荒海との見境もつかぬ遠い崖から、荒海のうねりが幾十条となくけもののようにおしよせて来ていた。そのうねりの白い波がしらだけが真暗い海の上にかすかに光ってみえた。それはうねりの底からまき上がり、どうとくずれおち、吠えたてる海鳴りをどよませなが... 続きを読む

銀(しろがね)心中

           銀 心 中  作家、田宮虎彦(1911~1988)は昭和25年(1950年)夏、小説執筆のため岩手県花巻市郊外の鉛温泉藤三旅館を訪れていた。 彼は映画化された代表作「足摺岬」の作者でもあり、他の作品には「絵本」「菊坂」「異母兄弟」「牡丹」などがある。 作家が執筆のために温泉旅館を訪れるのはよくあることだが、彼はゆったりとした湯治の日々を送るなかで、ふとある日湯治にある床屋(理髪店)を訪ねた。... 続きを読む

福島県小高町村上海岸の『いなかぶり』

          過ぎ去りし少年時代のよき思い出 多くの作家は自分の生い立ちともいえる少年時代を描いている。死の棘などの名作を残した作家島尾敏雄(1917-1986)もその一人である。  島尾は戦中特攻隊に所属し、出撃することなく戦後を向かえその稀有なる経験を「出発は遂に訪れず」に著した異色の作家でもある。  また彼は『いなかぶり』という作品の中で祖母と過ごしたかけがえのない自分の少年時代を描い... 続きを読む

恥の多い生涯を送ってきました…

恥の多い生涯を送って来ました実は私もそうなんです;;仮に本当だとしても公衆の面前でこういうことが言える人がいるでしょうか?きょうは太宰治が生まれてちょうど100年にあたる日です。桜桃忌も行われましたが、その節目の日に彼の代表作「人間失格」の作品について考えてみたいと思います。   心中、自殺を繰り返した太宰治がその罪を主人公の大庭葉蔵に置き換えて、過去のあやまちを告白します。太宰はこの小説で人間の... 続きを読む

生まれてすみません…

生まれてすみません 「生まれてすみません」…これほど私にインパクトを与えた言葉はありません。中学生のときに国語の教科書に載っていた「走れメロス」を書いた太宰治がなぜこんな言葉を言ったのか、全く理解できませんでした。今年は彼の生誕100年にあたる年で、生まれ故郷の津軽ではいろいろな催しがあるようです。また6月17日22時からはNHK総合TV歴史秘話ヒストリアで「太宰治特集」が放映されます。 太宰のこと... 続きを読む