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或るブロ友様ゆかりの昭和の石巻

本日は或るブロ友様ゆかりの石巻をお伝えしたい。ここは仲町の仙北バス石巻営業所である。ブロ友様は過去において、この営業所に勤めていたときがあったという。実は私も一時このバス停を利用して通学していたことがあったので不思議な縁だと考えている。これは推察だが、この営業所には宿直が置かれ、毎日寝泊りしたのではないだろうか?写真は「石巻・東松島・女川今昔写真帖」郷土出版社発刊より引用・邉見清二氏(石巻千石船の... 続きを読む

石巻の花街としての顔を描いた作品

我が故郷石巻は港町である。港町には花街がつきもので石巻もその例外でなかった。今回紹介する文学作品と建物(残念ながら今は存在しない)は、その縁を偲ぶものである。作品を書いた作家は徳田秋声、数ある職業の中で小説家ほど、その歩んできた人生遍歴を重視されるものはないだろう。71歳にしてこの作品を著した彼にはそんな大衆の欲求を十分に満たすものがあった。それは彼が男やもめになった55歳ころから始まったKさんと... 続きを読む

百年近く前の石巻写真

本日は百年近く前の前の石巻の写真を掲載したい。これは大正11年(1922年)撮影の日和山入口(北東部)である。私の父親が生まれた頃であるが、写っている人物の服装は全て和装のようである。日和山に至る坂には、階段があり車での登坂は考えられてないようだ。震災前の頃と見られる写真(ほぼ同じアングル)である。周囲の建物や車での登坂が可能となった様を見ると、80~90年に渡る時の流れを感じる気がする。これは大... 続きを読む
[タグ] 巻石 佐々木惣吉

大正時代の石巻住吉界隈の写真

本日は「ふるさとの想い出写真集 明治 大正 昭和 石巻」よりモノクロ写真を掲載したい。最初に紹介する写真は石巻の地名の由来となった巻石のある雄島である。木製の太鼓橋が印象深い。大正年間の撮影と見られるが、着物を着ている人が多く大変貴重な写真である。戦後間もない昭和24年(1949年)の撮影。住吉町の相馬藩邸脇の撮影と見られる。現在の住吉小学校には藩政時代には18棟の御蔵があったが、その北側にはこのよ... 続きを読む

石巻の明治、大正の風俗写真

去る5月18日(土)仙台市青葉区図書館(メディアテーク)より石巻の写真集を借りた。題名は「ふるさとの想い出 写真集 明治、大正、昭和 石巻」である。前回掲載した「グラビア石巻」が主に昭和時代の写真であるのに対して、こちらは年代の対象が広く、明治~昭和となっている。自分のルーツとも関わってくる写真ゆえ、今回も興味深い心情でモノクロ写真を拝見した。これは見開きの部分である。橋本晶氏は郷土史家として有名... 続きを読む

昭和五十年代の石巻の写真公開します!

本日は先日紹介した「後世に残す グラビア 石巻」(撮影と編集は亀山幸一氏)から石巻の町場のモノクロ写真を紹介したい。これは湊側(旧北上川左岸)から西岸(仲町方面)を望んだ画像である。但し「後世に残す グラビア 石巻」は仙台メディアテーク(市立図書館)に一冊しかなく、閲覧はできるものの持ち出し禁止となっている。それでも自分はどうしてもこの写真を撮りたかったので、撮影許可申請を提出し、許可を取得した数... 続きを読む

明治から昭和にかけての石巻の写真

本日は仙台市青葉区図書館(メディアテーク)で許可をとって石巻の明治から昭和にかけての写真を撮影してきた。許可を申請したのは先週の土曜日(5月18日)で、翌日の19日に撮影許可の決済が下りた。申込書には撮影の理由を記入する欄があるが『郷土史研究の為」等と書けばOKである。ちなみにこのようなケースは今までになく、自分が始めてとのことであった。発行は昭和56年で1000部の限定出版である。¥8,500とは... 続きを読む

石巻市横町時代の回想

去る4月21日、私は久しぶりに生家のあった石巻市旧横町(現千石町)を訪ねた。これが平成最後の訪問となったわけだが、この九年間(2010年~2019年)の移り変わりは目まぐるしいものがあった。震災前の2010年5月に撮影した旧横町をご覧願いたい。斜陽とは言え、かつての商店街の面影を感じなくもないものがあった。 これは現在の旧横町である。大変残念だが、8年前の震災で近代の斜陽傾向に更に拍車が掛かった感... 続きを読む
[タグ] 石巻市横町

石巻墨廼江堀・横町川の想定図

宮城県石巻市に昭和中期頃まで存在した墨廼江堀・横町川・浪立川の位置を現代の写真にプロットしてみたい。こうした試みは少なくともインターネットでお目にかかったことがない。それとこの三つの川の名前を知っているかたは郷土史によほど詳しいかたか、土地の古老である。古老とは言っても、恐らく私くらいまでの年代が目一杯で、地元石巻でも、若い世代に至ってはほとんど知らないことと察している。自分がやらねば誰がやる。本... 続きを読む

石巻住吉神社・工事で大規模な改変

去る4月14日、私は石巻千石船の会総会出席の為、郷里石巻を訪ねたが、その際生家の近くの住吉公園に立ち寄った。本日は住吉公園(住吉神社)の最近の状況を画像を添付の上、紹介したい。実はこの住吉公園エリアは現在大規模な土木工事が行われていて、過去の面影がなくなるほど改変されてきている。これはGoogle3D立体画像による3年ほど前の住吉公園周辺である。 神社の境内にあった石碑や鐘楼などは一時的に近くの空き... 続きを読む

石巻のシンボル「巻石」の昨今

本日は去る4月14日に訪れた郷里石巻の地名の由来でもある「巻石」(まきいし)の最新情報をお伝えしたい。巻石は住吉公園の東に位置する雄島の北に位置する畳一畳ほどの石である。※写真提供:泰弘様(背景から昭和初期頃の撮影と思われる)  2009年7月頃の巻石(横町撮影)手入れの行き届いた雄島の松と相まって見事な調和を見せている。正に絵葉書にしたくなるような情景である。 震災後の2011年9月... 続きを読む

墨廼江町という我が故郷

一昨日、自分が生まれた北上川西岸(石巻地区)がかつて墨廼江町(すみのえまち)と言われたのを知った。但し、これは酒造会社のホームページや酒関連のサイトでしかヒットしない。「郷土史としての墨廼江」は全くヒットしないのが気になるところである。念の為一昨日掲げた記事をもう一度掲載する。下:由紀の酒HPより引用墨廼江酒造は1845年(弘化2年)創業。蔵のある住吉地区は昔より水を司る神様を祭った墨廼江神社(現・... 続きを読む

横町の隣町の古写真

今日は石巻かほく(河北新報の地方紙)からの引用である。掲載は2018年10月7日(日)で解説はいつもの通り、石巻千石船の会会長の辺見清二氏である。「よみがえる1951」(昭和26年)と題したシリーズは35回を向かえる。この写真の撮影者は、当時の朝鮮戦争の最中、宮城県沿岸部に駐留した米軍軍医のジョージ・バトラー氏(1911~1974)である。堀の両側の建物も荒廃し、如何にも戦後という気配が漂っている... 続きを読む

米軍医が写した石巻写真の一枚

石巻かほく(河北新報姉妹紙)という地方新聞がある。毎週日曜日の第一面を飾っているのがジョージ・バトラー氏(米国軍医・1911~1974)が昭和26年(1951年)に撮影した石巻(私の故郷)の写真である。本日は最寄の河北新報販売店を訪ね、5月からのものを揃えた。9月30日に掲載されたのがこの記事である。(約1MBの画質なので拡大すると記事が全て読めます)新田町は私の生家の横町と隣町で、住吉小学校在籍時... 続きを読む

石巻屋敷と蛇田町肝入屋敷の特定

本日、石巻の郷土史家である紫桃正隆氏の描いた蛇田町(現:旭町)の図を基にCADで製図を試みた。縮尺は1/500である。尚、蛇田町の各住戸(往時の蛇田町の住民は宿場の労役の為、近郊の蛇田村から移住させた百姓が主と思われる)の間口は2間と設定した。また紫桃氏の想定した寸法を優先した。下図はその一部である。私の生家のあった場所は「石巻横町」と書いたところより南に100メートルほど行ったところになる。紫桃氏の描い... 続きを読む

吉田松陰が訪ねた頃の石巻湊絵図

本日、偶然にも自分のルーツに関わる公共サイトに遭遇した。検索は’石巻南浜地区 大正時代’でヒットするようだ。念のためURLはhttp://www.thr.mlit.go.jp/bumon/b06111/kenseibup/memorial_park/miyagi/common/file/miyagi_committee04_05.pdf#search='%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E5%8D%97%E6%B5%9C%E5%9C%B0%E5%8C%BA+%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E6%99%82%E4%BB%A3'である。国土交通省、宮城県、石巻市の連名となっている。目次はご覧... 続きを読む

我が高祖父と曽祖父の苦悩

現在、歴史小説を『我がルーツと大河北上』を執筆中の私だが、数日前に良著との出遭いがあった。その本は石巻市教育委員会発行の「石巻の歴史」である。これは以前石巻の郷土史家の千葉賢一氏が書いたものを教育委員会が精査して書き直したもので、石巻市の中学校の教材ともなっている本である。本日はこの本の見解に基にストーリーを展開して行きたいと考えている。本日は開墾されたばかりの牡鹿原(現:石巻市大街道)に、祖父方... 続きを読む

昭和26年の或る日の「横町」

本日は私が生まれた場所である石巻市横町の昭和26年の或る日の写真を紹介したい。背景の山から、ここが自分の生まれた横町であるのはほぼ間違いないと思っている。或いはここは自分の生家に近いところなのかも知れない。遠い記憶の中に生家の前の道路(横町:現千石町)の午前中の日の差しかたが、こんなふうだったのを微かに記憶しているのである。ジョージ・バトラー氏の手によって自分が生まれる数年前の横町が彼の手によって... 続きを読む

仮説・中世以前の北上川の河口

私は現在自分のルーツと北上川の関わりについての歴史小説の構想を練っているが、作品の構成上、自分のルーツが関わったとされる江戸時代の北上川改修工事(仙台藩士川村孫兵衛指揮のもと)の位置を把握する必要が生じてきた。今回は国土交通省 東北地方整備局のホームページ「北上川の概要と歴史」を参考に、中世まで(川村孫兵衛の普請が行われる以前)の北上川河口(石巻に注ぐ側)のルートを推定してみたのでブログで発表した... 続きを読む

古き良き時代の石巻の写真帖

1951年に米国の軍医が朝鮮戦争で松島に駐留した際、宮城県沿岸部を撮影したカラー写真がインターネットで公開され注目を集めているが、本日はそれと異なる写真帖を図書館から借りてきた。「石巻・東松島・女川今昔写真帖」郷土出版社発刊・邉見清二氏(石巻千石船の会会長)監修である。郷土史研究家である邉見氏とは千石船の会などで交流をさせて頂いている。本日はその一部を紹介したい。昭和33年、日和山方面から撮影した... 続きを読む

米軍医が見た67年前の宮城沿岸

6月13日、私は郷里石巻の帰りに或る写真展に立ち寄った。仙台市若林区地下鉄東西線荒井駅構内にある「せんだい3・11メモリアル交流館」で開催された「MIYAGI 1951」である。今回はネットからの複写でなく、写真展で展示された写真を自分のカメラで撮影したものゆえ、著作権に問題はないと解釈し公開したい。「MIYAGI 1951」は8月26日(日)まで開催。「MIYAGI 1951」サイトURL↓↓↓https://www.miyagi1951.com/japanese#geo... 続きを読む

生家横町の車載動画リンクしました

 宮城県33号線 下り https://www.youtube.com/watch?v=qROEYhX_6rkリンク動画についてこれは自分の生家のあった石巻市千石町(旧横町)の車載カメラによる走行動画である。自分が撮影したものではないが、偶然YOU TUBEで見つけたのでリンクした次第である。震災に遭い、結構空き地が見受けられる。ここで、私が生まれた頃の横町を振り返りたい。藩政時代は水運経済で栄え、その後物流の主軸が水運から陸運に変わり、街の活気... 続きを読む

67年前の宮城沿岸を鮮明に写した米軍医写真

宮城県の地元新聞の河北新報の「宮城のニュース」にこのような記事が掲載された。米従軍医が宮城県の浜を撮影した写真約2,000枚である。サイトのURL↓↓↓https://www.miyagi1951.com/japanese#george-butler本サイトは米従軍位だったジョージ・バトラー氏が「キャンプ松島」に駐留した際、地域の町や村を訪問し数千枚に渡る写真を撮影したものである。ジョージ・バトラー氏は1974年に亡くなっているが、息子のアラン・バトラ... 続きを読む

懐かしい!石巻住吉望楼の画像

成田為三:浜辺の歌(林古渓)Hamabe-no Utahttps://www.youtube.com/watch?v=LImrRBM62hM成田為三作曲、林古渓作詞「浜辺の歌」歌詞一番、 あした浜辺をさまよえば 昔のことぞ しのばるる 風の音よ 雲のさまよ 寄する波も 貝の色も二番、 ゆうべ浜辺をもとおれば 昔の人ぞ しのばるる 寄する波よ 返す波よ 月の色も 星のかげも三番、 疾風(はやち)たちまち波を吹き 赤裳(あかも)のすそぞ ぬれひじし 病みし我は すでに癒えて... 続きを読む

いしのまき元気市場

 ピーチで行く 仙台・石巻日帰り リンク動画についてこれはユーチューバーのケニチKENICHI様が2015年に投稿した石巻である。この時から既に3年ほど経って、現在はやや趣が異なっているが、我が故郷石巻を知って頂く上で貴重な動画と捉えリンクに及んだ次第である。この時、本日取り上げた「いしのまき元気市場」は建っていなかった。読者様においては、これをお含みの上で動画をご覧願いたい。いしのまき元気市場は一階が... 続きを読む

息子との牡鹿半島ドライブ

盆休みも後半となった本日、私は息子を伴って故郷石巻を訪ねた。墓参りを済ませた後で向かったのは牡鹿半島である。私は仙台藩士・支倉常長がメキシコに向けて出航したとされる月浦を息子に見せたかったのである。地図で宮城県牡鹿半島を確認して頂きたい。紫:月浦黄色:鮎川桃色:女川原発赤:女川現在の月浦はご覧の通り、震災の傷跡は完全に拭い去れてないものの、数人の釣り人が訪れていた。月浦を出た後、鮎川に向かった。震... 続きを読む

故郷石巻でのルーツ調べ

故郷石巻でのルーツ調べ本日、私は車で故郷石巻へと向かった。目的は先祖調べのための石巻図書館立ち寄りと墓参りである。前回石巻を訪れたのは昨年の3月14日ゆえ、10ヶ月半振りの故郷訪問である。私は先ず先祖が眠る菩提寺に行って、花と線香を手向け、昨年末をもって無事に定年を迎えられたことを感謝し、これから図書館に行って先祖調べをさせてもらうことを伝えた。菩提寺近くの道路は舗装され、宅地も整備され、前回にも... 続きを読む

昨今の仙台~石巻沿岸の復興情勢

5年ぶり?のJR仙石線乗車去る12月12日(父方祖父の命日)、墓参りのため、郷里の石巻に行った。詳しくは覚えていないが、ほぼ5年ぶりに仙石線に乗って郷里石巻に戻った気がする。前回の墓参りは開通したばかりの東北本線経由(快速仙石ライン)で石巻に行ったが、今回は始点の仙台から終点の石巻まで、従来の仙石線(沿岸部のルート)で向かった。下図をご覧頂きたい。水色:仙石線緑(仙台~塩釜)+赤(接続線)+水色(... 続きを読む

故郷石巻への墓参り

Hino National Portugueseポルトガル国歌和訳海の勇者、気高き人々。勇敢で永遠なる国、今こそ再び立ち上がれ。ポルトガルに栄光を! 追憶の霧の彼方から、おお祖国よその声を聞け。 偉大なる祖先の声を聞け。汝に勝利をもたらすその声を。 <コーラス> 武器を持て、武器を持て!陸に海に繰り出せ!祖国の戦いのために。 砲撃をかいくぐって進め、進め! ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※故郷石... 続きを読む

325年前松尾芭蕉が訪れた石巻

 石巻IN松尾芭蕉先週の金曜日祖父の命日の墓参りに故郷石巻を訪れた私は、墓参りを済ませた後に石巻を一望できる日和山を訪ねた。この時、私は復興が進みつつある母なる石巻を見下ろし、偉大な俳人のことを思い浮かべた。偉大な俳人とはもちろん松尾芭蕉のことである。仙台から塩竈へ、そして松島に立ち寄った彼はここ石巻にも足を運んでいるのである。「数百の廻し船入江につどい、人家地を争いて、かまどの煙立つ続けたり。云々... 続きを読む

先祖が従事した牡鹿原開墾を偲ぶ旅

仙台藩士牡鹿原開拓事業に携わった私の先祖私はつい最近家系図を作成し、親族に配った経緯がある。このことがきっかけとなり、去る11月30日は明治の頃、石巻市大街道地区(旧牡鹿原)開拓に携わったと思われる曽祖父Gを偲ぶ小旅を思い立った。JR仙石線に乗った私が降りたのは石巻市の大街道地区にある蛇田駅である。列車の中ではずっとこの本を読んでいた。早乙女貢著の「からす組」である。この本の主人公こそが、戊辰戦争で... 続きを読む

私のブログの掲載写真がNHKで放送されます

  NHKTVへの情報提供先月の4月18日、某はNHKエンタープライズの或る社員からこのようなメールを受けた。なんと一年前、私のブログに掲載した写真をテレビに出したいという申し入れである。郷里石巻の復興に関する番組に使いたいという主旨だったので、もちろん某は二つ返事でこれを快諾した。これがこの社員から要求があった写真である。確かこの写真は石巻日々新聞社で撮影したデータと記憶している。江戸時代中期(... 続きを読む

牡鹿半島のくらし展その2

きょうは去る19日に引き続き、仙台市メディアテークで行われた「牡鹿半島のくらし展」についてお伝えしたい。まずはこの漁具をご覧頂きたい。魚を入れるびくである。この洗浄作業をご覧頂きたい。恐らくこのびくは津波で流されて泥だらけになったのではないだろうか?会場の説明書きによると洗浄の他に虫処理もしているようである。これは東北学院大学で携わったようである。これは水瓶である。私も幼い時に母方の実家にあったの... 続きを読む

津波に襲われた鯨の町の豊かな文化を偲び復興を祈念する

東北学院大主催「牡鹿半島の暮らし展」IN鮎川※日時指定投稿最初にお断りしておくが、これは去る1月12日(日)に取材した記事である。宮城県牡鹿半島の石巻市鮎川地区は3年前の震災の津波で壊滅的な被害を受けた。多くの住居が失われて生活用品の多くが流失し、これらは人々の記憶とともに無くなろうとしていた。これに着目し、後世に語り継ごうとしたのがこの展示会である。本ブログでは今回から二回に分けてこの鮎川の往時の... 続きを読む

超ローカルな列車「石巻線」の旅

  サンファン館の帰りに乗った石巻線の超ローカルぶり先週10月28日のことだった。慶長遣欧使節団出航400年記念パーティーの当日、私は使節が船出したとされる月浦(つきのうら)に近い石巻市のサンファンパーク(通称:サンファン館)を訪ねた。支倉は400年前のこの日をどんな気持ちで迎えたのだろう? 私はちょうど400年前に支倉があの岬の裏側から大海原に出航していったと思うと胸が詰まる思いがした。サン... 続きを読む

KROG石巻ミーティング本日開催

 石巻の復興を記念するミーティング 気温11度~13度の肌寒い中、カワ車3台で石巻へ、この日のメンバーは前からミック、お馴染のバイク仲間、Dトラッカーさん、みのたん。(撮影場所仙台市宮城野区~利府街道)今朝の気象庁発表の最高気温は23度で薄着(ジャケットの下はシャツ一枚)をして出発したが、この気温それにしても寒い一日であった。AM10時半過ぎに漫画館到着、ここは本ブログで何度も紹介している河口の中州... 続きを読む

中洲の島、石巻の中瀬の変遷

  石巻の発展の生き証人「中瀬」  下の地図をご覧頂きたい。石巻に注ぐ旧北上川、その河口近くに中瀬(なかぜ)という中洲(川の堆積によってできた島)がある。石巻で育った私にとって、この島は幼い時に魚釣りをしたり、映画(当時は岡田座という劇場、映画館があった)を観たり、非常に思い入れのある島あり、この島抜きにして石巻の全体のイメージは成り立たないと言ってもいいほど大きな存在感を感ずる島である。また... 続きを読む

大津波で大きくえぐられた川の中州の有人島

    大津波が家屋もろとも島を大きくえぐり取る!これは4年前の2007年11月に撮影した宮城県石巻市北上川河口である。つい最近、ほぼ同じ場所で撮影したアングルである。皆さんもこの違いに唖然とするだろう。このうずたかく積み上げられた瓦礫はもちろん、今回の震災によるものである。それと川へりに沿って積まれた土納袋を見るにつけ、地震によって尋常でない地盤沈下が起きたことを改めて知らされる。撮影:2011... 続きを読む

石巻焼きそばを食べて石巻を復興しよう!

    郷里、石巻に復興を!昨日は墓参りと巻石の確認で郷里の石巻を宮城交通高速バスで訪れた。巻石の現状については昨日ブログに掲載した通りであり、意気消沈する。しかし泣き言ばかり言ってられない。そこできょうは石巻を元気づけるキャラクターとご当地グルメ(B級)を紹介する。高速バスを降りて石巻駅に着くとやはり閑散としていた。仙石線(仙台と石巻を結ぶJR線)も全線復旧していないせいもあるだろう。また女川行... 続きを読む

石巻の巻石の無残な現状

       石巻の語源となった巻石 この写真は昭和初期に撮られ絵葉書になった珍しい石巻の巻石(波が石を巻くように見えるためこの名がついた)である。(写真提供:yahooブロッガー泰弘さん)  対岸の木造家屋に注目。この石は私も含めて石巻出身の人にとって心のよりどころでもあり、誇りでもある。 ※石巻の語源、巻石へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/19895062.html     昭和初期... 続きを読む

どうなる?郷里石巻の巻石

いまだに大津波の爪痕消えぬ石巻市 石巻市は私の郷里でありかけがえのない地である。盆休みに入ったばかりの去る8月12日(金)、私は実家の墓の清掃を兼ねて、以前から懸案だった石巻の語源「巻石」の確認のためシェルパを走らせた。 墓は70センチほど津波に浸かった跡があり、墓石には白くて異臭を放つゴミがこびりついていた。1時間近くかかってそのゴミを落としたあと、私は墓のすぐ近くを流れる大河旧北上川の河口近く... 続きを読む

2010秋のコバルトライン走行記録

 コバルトラインミーティング後編去る9月19日、コバルトラインミーティングで、牡鹿半島先端の黒崎の展望台を散策するKROG東北支部のshuuさん。ウォーターウルフガンマを駆るAさん、金華山の絶景に思わずガッツポーズ!この笑顔がいいですね!マシンに貼ったステッカー「酒仙翁」はAさんの経営する中華料理店です。場所は仙台市青葉区上杉にあります。今度あんかけ焼きそばを食べに行かNight!ミックIN黒崎♪ &nbs... 続きを読む

コバルトラインを存分に楽しむ♪

2010秋コバルトラインミーティング中編前編を見てないかたはこちらをクリックして下さいhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/26757626.html9月19日昼過ぎ、我々は牡鹿半島の先端部、黒崎よりわずかに南西に位置する鯨の町鮎川、「おしかホエールランド」前にバイクを止めました。ここは家族連れにはお勧めの場所です。日本ブログ村カワサキランキングに登録中です。クリックすると同サイトにリンクします。 https://bike.blo... 続きを読む

旧車会系バイクに囲まれたオフ会

コバルトラインミーティング本日開催《前編》仙台グループ待ち合わせ場所の台原のドンキホーテ、待ち合わせ時間8時半の40分前に着いた私ですが、ブログ友達のとっちゃんさんはすでに来ていました。マシンはXR250です。とっちゃんさんとは今日が初対面でした。「これからも宜しくお願いします。」日本ブログ村カワサキランキングに登録中です。クリックすると同サイトにリンクします。 https://bike.blogmura.com/kawasaki/K... 続きを読む

石巻焼きそばを食する会開催!

   B級グルメ石巻焼きそば石巻焼きそばはせいろで二度蒸す独特の製法で作られていて、色が茶色いのが大きな特徴です。う~~ん、この茶色の麺が食欲をそそります。名物、石巻焼きそばを食する会を下記の通り開催します。参加希望のかたはお知らせください。参加は2輪車、4輪車を問いません。家族連れ歓迎。日時:平成22年5月30日(日)AM11:00宮城県石巻市日和山公園、鳥居付近集合(コーヒータイムの後、食堂へ)ふる... 続きを読む