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街道をゆくシリーズの再放送

 街道をゆく OP https://www.youtube.com/watch?v=JCRi0-CIbJMリンク動画について私は司馬遼太郎(1923~1996)の笑顔が好きである。彼は日本が誇る歴史の大家であり、時空の旅人とも言われる。それでも彼はけして東北を冷めた眼差しで見なかった。それどころか東北贔屓と言っていい視点を持っていた。彼は王道を歩んだ者よりも、弱者やマイナーなものに脚光を浴びせる傾向があった。今の自分もそうである。歴史を俯瞰... 続きを読む

司馬遼太郎街道をゆく「河内みち」

 司馬遼太郎 街道をゆく「河内みち」の鑑賞と考察 昨日、仙台市図書館の視聴覚コーナーで久しぶりにビデオを見た。司馬遼太郎の「街道をゆくシリーズ」の「河内みち」である。司馬遼太郎が昭和39年に東大阪市に居を構える前に、彼は道頓堀とさほど遠くないところに住んでいた。番組の冒頭の「大阪の雑踏や喧騒さが好きだ」とい言葉に彼の限りない郷土への愛着を感じる。ところで、NHKの製作したこの番組は朝日新聞社出版の「... 続きを読む

司馬遼太郎の英国紀行

 The Beatles - Penny Lane リンク曲についてビートルズのペニー・レインは非常に軽快なリズムの曲である。ペニーレインはビートルズのメンバーの出身地である。この曲には彼らのリバプールへの郷土愛を強く感じるとともに、正統派として王道を行く、音楽的な才能を改めて感ずる気がする。※リバプールの街中に立つビートルズの銅像(インターネットより)司馬遼太郎が「街道をゆく」取材の為に英国とアイルランドを訪れたのは1... 続きを読む

街道をゆく「横浜散歩」読後感想

街道をゆく「横浜散歩」読後感想司馬遼太郎が横浜を訪れたのは1982年(昭和57年)のことだった。「横浜散歩」が書かれたいきさつについて週刊朝日MOOK「司馬遼太郎の街道2」によると同年に発刊された「神戸散歩」と対であったという。往時の横浜を案内したのは涌井昭治氏(故人・当時の週刊朝日新聞出版局長)である。涌井氏は所謂ハマっ子で「生粋の関内生まれ」である。涌井氏が案内した横浜港に対して、司馬遼太郎は「街... 続きを読む

司馬遼太郎・街道シリーズ「神田界隈」

街道をゆく「神田界隈」はし書き昨日の3月17日、久しぶりに市民図書館(仙台メディアテーク)で司馬遼太郎の街道をゆくのNHK放送版(VHSビデオ)を鑑賞した。本日はその概要と感想などを述べたい。司馬遼太郎が東京都千代田区神田界隈を訪ねたのは平成2年のことだった。探訪は一ツ橋に始まり、湯島聖堂、ニコライ堂の坂、神保町から神田駿河台と続いた。放送(VHSビデオ)では原作を端折り①物学びの町・神田の起源とも言える湯... 続きを読む

街道をゆく「甲州街道」鑑賞

「街道をゆく 甲州街道」昨日の12月13日(水)、私は例によって図書館で司馬遼太郎の「街道をゆく」をビデオで鑑賞した。鑑賞したのは新シリーズの「甲州街道」編である。本日はその概要について箇条書きで述べたい。但し概要を述べるだけでは余りにも能がないので、処々に自分の所見を加えながら、この記事へのオリジナリティを高めて行きたい。甲州街道のルートを航空写真で確認して頂きたい。1、太田道灌が歌った武蔵野の... 続きを読む

司馬遼太郎『街道をゆく神戸散歩』ビデオ鑑賞

司馬遼太郎『街道をゆく 神戸散歩』本日の午前中、私は若林図書館を訪ねた。目的は現在借りている本の更新と視聴覚コーナーで司馬遼太郎の「街道をゆく」のビデオを見ることである。今回もいつもと同様に、ビデオと著物の双方を見て、内容をまとめ、自分なりの考察を加えてみた。1、神戸人が大阪人に対して抱く優越感とは?大阪湾は単に国内貿易のみでなく、古くからグローバル的な意味合いを帯びた港だった。古くは遣唐使船、遣... 続きを読む

街道をゆく「芸備の道」ビデオ鑑賞

街道をゆく「芸備の道」本日は「勤労感謝日」だが、私にとっては「文化の日」の第二弾のような印象がある。立冬をとうに過ぎだいぶ寒くなってきたが、文芸に励む気持ちは「芸術の秋」と少しも変わっていないのである。私は10時半ころ、若林図書館を訪れた。入り口を前に、私は今日も文芸にどっぷりと浸かってやろうという思いを深めた。図書館で三冊の本を借りた後で2階の視聴覚室に行ってビデオを見た。司馬遼太郎原作の「街道... 続きを読む

筆力トレーニングの再開

 司馬遼太郎 感動人生 リンク動画について私は司馬遼太郎のファンである。但し、彼の作品が私の歴史に関する感心を誘ったのではない。郷土史に傾注することで、日本史全般に興味が広がったのがあくまで最初である。その後「街道をゆく」シリーズなどに親しむうちに、彼の真摯な姿勢に畏敬の念を抱くようになったのである。仰ぎ見るような高い処に居る彼だが、井上ひさし氏の言うようにに膨大な資料に目を通し、また現地取材にも... 続きを読む

「街道をゆく」南伊予・西土佐編動画鑑賞

「街道をゆく」南伊予・西土佐編編動画鑑賞について前書き定年を間近に控え、幸いにも今の私には自由な時間が相当ある。時として図書館に足を運び、文献に接することも多いが、こればかりだと滅入ることもある。そんな折によくしているのがDVDやVHSなどによる動画鑑賞である。最近は古い映画の他、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズなどを市立図書館で見ている。本日紹介する南伊予・西土佐編は一昨日の12月20日に見たもので... 続きを読む

司馬遼太郎『桃太郎の末裔たちの国』読後感想

司馬遼太郎『桃太郎の末裔たちの国』読後感想司馬遼太郎は時空の旅人と呼ばれる。その様は、客観の域を離れ彼が取り上げようとする時代に時空を超えて自らタイムスリップしようとするが如し。彼の「街道をゆく」シリーズにはそのような魅力を感じている。最初にお断りしておくが、私は生まれてこのかた関西に足を運んだことがない。従ってもちろん岡山には行ったことがない。それだけに、東北生まれ、東北育ちの私にとって、温暖で... 続きを読む

司馬遼太郎『加賀百万石の長いねむり』読後感想

【日時指定投稿】前書き今回、本著の読書欲に繋がったのは私の大切なブロ友様であられるともたん様の影響である。ともたん様は北陸の金沢にお住まいの主婦のかたである。既に子育てを終えられ、ご主人とお二人でボランティアをされ、家庭菜園を営まれるなど、悠々自適の生活をしておられる。また料理が大変お上手で良妻賢母の鏡のようなおかたである。この本を読むことがともたん様への誼に繋がる。そういう気持ちが私の活字を追う... 続きを読む

司馬遼太郎『竜馬と酒と黒潮と』読後感想

司馬遼太郎『竜馬と酒と黒潮と』読後感想前書き今回、本著の読書欲に繋がったのは土佐出身のA氏と知り合って日の浅いブロ友様のだっき~さんの存在である。A氏は戦国時代に土佐を統治した長曾我部元親の弟・香宗我部親泰(こうそかべ ちかやす)に仕えた重臣の末裔とのことである。詳しくお知りになりたいかたは2014年9月27日更新の拙ブログ「或る土佐武将末裔との宴」をご覧願いたい。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/3... 続きを読む

司馬遼太郎『重庵の転々』読後感想

「重庵の転々」荒筋土佐出身の医者・山田重庵は南伊予の山中で医者を営んでいた。この地は古くは愛比売(現在は愛媛)とも言われ、温暖な気候や豊後水道に面した穏やかな風土は伊予の人々の温和な人柄を重ねるに相応しい土地柄であった。そんな中にあって土佐出身というだけで土地の人は重庵に対して猛々しいものを感じていた。しかし彼は往診もこなし、徐々に土地の人々に受け入れられ、尊敬を集めていった。※舞台となった愛媛県... 続きを読む

1976年に司馬遼太郎が見た山形羽州街道

新規書庫◆司馬遼太郎の研究◆増設について先日、司馬遼太郎の作品「有隣は悪形にて」、「街道をゆく」について触れたが、実は拙ブログに於ける司馬遼太郎に関する記事は過去にも存在している。それは2年前の11月8日に更新したエッセイ「郷里石巻の今昔」http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/33102757.htmlである。このエッセイを書くのに大いに役立ったのが街道をゆくシリーズの「仙台・石巻編」である。今回紹介するのは同シリ... 続きを読む

司馬遼太郎『有隣は悪形にて』読書感想

司馬遼太郎著『有隣は悪形にて』読書感想はしがき私は今年の6月16日、自分のブログに富永有隣に関するエッセイを書いた。長州出身の幕末時の儒学者・富永有隣については作家の国木田独歩が『富岡先生』の中で描いている。独歩は富岡先生のモデルとなった富永有隣は「尊大であり、容易に人と相容れない人物」と語っている。その際、後書きの中で司馬遼太郎の富永有隣観(ハリネズミのような人物)について少しだけ触れた。このこ... 続きを読む

俊英・秋山真之が用いたT時戦法とは?

その時歴史が動いた「秋山真之が日本海海戦で用いた作戦」秋山真之が用いたT時戦法とは?最近、NHKで過去に放送された「その時歴史が動いた」に接することが多くなってきた。これによって、以前は近世が中心だった私の歴史指向が徐々に他の時代に広がってきた。本日紹介するのは近代の日露戦争にまつわる英傑・秋山真之の活躍である。20世紀初頭の帝政ロシアの南下政策は我が国にとって大きな脅威であった。清国の北部を支配下... 続きを読む

エッセイ「郷里石巻の今昔」

 郷里石巻の栄華に思いを馳せる  エッセイ「郷里石巻の今昔」つい最近、司馬遼太郎の『街道をゆく』嵯峨散歩 仙台・石巻編を読んだ。同氏は様々な場所で取材に及び、その地の歴史を考察し、ゆかりの先人に想いを馳せつつ、香り高い上質なエッセイを書いているゆえ、私の郷里である石巻についてどう語っているかが気になった。郷土愛と彼への畏敬の念が結びつき、同著への興味が一層増し、読書欲に追い風をもたらしてくれたので... 続きを読む

歴史エッセイ「大内備前定綱の希なる生き残り」

奇跡的な確率で乱世を生き抜いた一人の男とは? 本文に入る前にこの写真をご覧頂きたい。昨年2013年の11月3日に石巻市で行われた伊達武者行列に参加し、大内定綱に成りきっているわたくしである。大内定綱と言っても聞きなれないかたが多いことだろう。きょうのエッセイには何故わたしくしがこの武者に成りきったのかを書いているので宜しければご一読頂きたい。 ※本記事の情報は①ウィキペディア②司馬遼... 続きを読む