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奥州街道斎川宿を訪ねて

昨日の12月9日(土曜)、私は福島県との県境に近い旧奥州街道の宿場町を訪ねた。写真からはややわかり難いが道路にはゆるやかな勾配がついている。昔はこの旧道が国道4号線であったが、既にバイパス化された新国道4号が西側を平行に走っている。今はすっかり交通量が激減した旧道に、私は昔の宿場町の面影を重ねた。宿場町の名称は斎川宿である。この辺りは南の外れにあたる部分で家屋もまばらになっている。では、江戸時代の... 続きを読む

旧石巻街道鉄砲街の昨今

  大晦日の石巻街道散策北海道や北東北、日本海側にお住まいのブロ友様には大変申し訳ないが、今年の仙台は雪のない年越しになりそうである。雪のないのも手伝い、大晦日の本日、私は仙台駅東口の鉄砲町を訪ねた。鉄砲町はその名の通り、藩政時代は鉄砲を作る職人町があった場所である。これは現在の鉄砲町から仙台駅西口方面を望んだアングルである。仙台駅のすぐそばとあって高層のオフィスビルやマンションなどが所狭しとそび... 続きを読む

縄文~平安にかけて存在した謎の複合遺跡探訪

  解明が待たれる仙台市東部の複合遺跡夏至を過ぎたばかりのきょう、私は久しぶりに遺跡探訪でもしたくなり仙台市東部の小高い丘にある燕沢遺跡を訪ねることにした。仙台バイパスの西側に鶴谷(つるがや)団地という古い団地があるが、私はバイクでこの団地からアクセスを試みることにした。これは鶴谷団地東部にある小さな公園であるが岩切、多賀城方面といった仙台平野でも歴史ある地域を望むことができる。さきほどの公園から... 続きを読む

植物園の中に現存する中世の旧道

  東北大学植物園と最上古街道を訪ねる小旅先週の土曜日の午後、三太郎の小径(前回記事に掲載済み)を訪れた後、私はその足ですぐ隣にある東北大学植物園に向った。※東北大学植物園の位置:黄色、仙台城址:赤、三太郎の小径:オレンジ館内の様子はこの通り、植物の標本に混じって動物、鳥類のはく製や昆虫の標本も見られ非常に充実した内容になっている。園内に出た私を待ちかまえていたのはこのひょろ長い石と天辺が尖った石... 続きを読む

仙台の足軽町を巡る小旅

藩政時代の名残を残す仙台の足軽町仙台の現若林区はかつて藩政時代に職人町や足軽町が急速に広がっていった。これは伊達政宗が若林城を建設した1627年以降のことである。この地区のそんな面に私はロマンを感じ、本日その面影に触れる小旅に出ることを決めた。 地図を参照して頂きたい。オレンジ線:本日たどったルート黄色線:旧道、東街道 なんと半径300メートルの中に神社が五つもある。これは東街道と近接して... 続きを読む

緑の定義街道とワーズワース的心

   旧道定義街道を行く小旅曇り空で太陽が遮られ、ややしのぎやすかった本日、私は仙台~定義山(じょうぎさん)に向かう定義街道を通り目的地の広瀬文化センター図書館へと愛車シェルパを走らせた。道ばたには旧道らしくこのような祠があちこちに立っている。最初の祠から100メートルちょっとで次の祠に遭遇。ここは登山道「見晴らしの森」の入口にあたる場所である。地図で本日の走行ルート(定義街道)と写真撮影地点を確... 続きを読む

旧道中山街道の実沢、小角地区を訪ねて

 中山街道根白石近くの農村部を巡る 本ブログでは過去に旧道中山街道を訪ねる小旅を数回に渡って掲載してきたが、きょうはその延長として根白石(ねのしろいし)地区近くの農村部である実沢(さねさわ)、小角(おがく)地区の探索を行った。下の地図をご覧頂きたい。赤い線が前回までに探索を行った区間、黄色い線が本日探索した区間である。  中山街道関係前回記事掲載「中山道の伝説と八乙女の語源」へのリンクhttp://b... 続きを読む

奥州街道名取宿を訪ねて

 旧道にわずかな面影を残す名取宿昨日仙台市太白区の八木山入口の鹿落坂を訪れた私は八木山を越え、大野田、中田経由で名取市に入った。この道路はかつての4号線であり、旧奥州街道である。街道沿いに南下してみたが、残念ながら往時の面影を残すのは一部の祠を除きほとんど見つからなかった。古い、ものを見たい…そんな要求が私を街道西側の田園地帯へといざなった。背景で通過する貨物列車はJR東北本線である。※下の地図で今... 続きを読む

百一年前大正天皇が訪れた仙台北部の高台

  急速な発展のもたらした功罪赤で囲んだ場所は丸田沢と言って前回取材したコレラ塚のある水の森公園である。コレラ塚関係の記事へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30590021.htmlそしてその左下の横文字で書かれた地域が仕置場(仙台藩刑場)である。当時(江戸時代)の絵図からは山と川と田園しか確認することはできない。現代地図、赤○:水の森公園(丸田沢)、青○:仙台藩刑場跡、黄色○:肩掛山周囲はすっかり住宅... 続きを読む

奥州街道沿いの刑場跡を訪ねる

 明治初期、コレラ流行による死者の弔い 去る5月12日、私は仙台市北部郊外の小高い丘、水の森地区を訪ねた。現在はすっかり住宅地に囲まれていまったが、昔は山の中であり人影もまばらな寂しい地域だった。日本ブログ村カワサキランキングに登録中です。クリックすると同サイトにリンクします。 https://bike.blogmura.com/kawasaki/立て札から水の森公園という文字が読みとれる。この道路は今は舗装されているが昔は山道だっ... 続きを読む

333年前に松尾芭蕉が船で渡った場所

時空を越え、風流人の心意気を感じるここは333年前、松尾芭蕉が通ったと思われる石巻市曽波神地区である。部落の入口に立つ石碑が私を江戸時代へといざなってくれた。彼が333年前に訪れた時節は新暦で言えば6月。この時期は或いは梅雨時だったのかも知れない。よしんば梅雨の晴れ間であれば、彼の目にはこれに近い風景が展開したに違いない…私はそれを思うに相棒のシェルパとともに胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。... 続きを読む

奥の細道をたどる小旅

 333年前芭蕉が歩んだ旧道をたどる 連休前半の中日となったきょう、私はかねてからターゲットとして決めていた松尾芭蕉の歩んだ旧道2か所をシェルパでたどる小旅に出発した。今回お伝えするのは1カ所目の東松島市編である。日本ブログ村カワサキランキングに登録中です。クリックすると同サイトにリンクします。 https://bike.blogmura.com/kawasaki/後ろの道路は現在の国道45道線である。これは松尾芭蕉が333年前に歩... 続きを読む

中山峠の狼石伝説

 中山峠のふもとに残る歴史の薫り この写真は中山街道が団地造製の波にのみ込まれる前の姿である。車の輪立ちがついているものの切り通りの山肌が露出しており、その昔普請(工事)を行い、山を切り拓いた道路であることが確認できる。これは私が45年ほど前にサイクリングで訪れた中山街道の記憶に重なるものである。今回紹介する中山街道のルートを紹介しよう。ご覧のようにこの場所は頂点の中山峠からは1キロ以上北に行った... 続きを読む

馬が這う急坂

 希望と悲哀が行き交う中山峠の昨今まず最初に今回掲載した中山街道のセクションを地図で確認して頂きたい。赤線の部分が今回紹介する場所である。ここは地図でいくと山神様を少し北に行きすぎたあたりになる。周囲は住宅地であるが、旧道もこのような舗装道路となってけして途切れずに連続しているのがわかる。この道路を少し行くと間もなく行き止まりとなった。やむを得ず迂回して再び旧道へ。ここから住居表示は中山4丁目とな... 続きを読む

中山道のルーツを訪ねる

先祖代々の山林を切り開き大規模団地を造成し、昨今の繁栄を見る日本ブログ村カワサキランキングに登録中です。クリックすると同サイトにリンクします。 https://bike.blogmura.com/kawasaki/ 50年前否、100年前否、200年前…誰でも自分の住んでいた場所が昔どうなっていたか気になるだろう。そこにはどんな人々が住み、或いはどんな人々が往来し、道路はどういうふうに通っていたのか?…  そんな昔を探る手掛りとな... 続きを読む

渡世人木枯紋次郎に成り切り旧道をどこまでも行く

心は昔に死んだ…けれどもどこかでお前は待っていてくれる。きっとお前は風の中で待っている…新木枯らし紋次郎op ついに旧道中山道探索の大きな手掛かりとなる文献を手に入れた。それは「中山地区平成風土記」という本である。それは私の頭の中で点が線に成り得る瞬間でもあった。  3月初旬に訪れた青葉区新坂通り(旧大願寺前丁)の大願寺の門の脇の道標べをよく見てもらいたい。確かに中山峠と刻まれているのだ。  ... 続きを読む

旧道「根白石街道」の探索

 古きを訪ねて新しきを知る… ようやくバイクに快適に乗れる季節が到来した。きょうの仙台は気温が10度を越え、薄曇りながら春本番を感じさせる気候となった。きょうから三回に渡ってバイクによる仙台郷土史探索の様子をお伝えする。第一回は仙台市北部に存在する根白石街道である。一説によるとこの旧道は奥州街道以前の往古のものであり、根白石が宿場町として機能していたとする説にも繋がるものである。日本ブログ村カワサ... 続きを読む

陸前浜街道の面影を偲ぶ

宮城県南部と江戸を結んだ江戸時代の大動脈『陸前浜街道』  福島県内の常磐に点在する町はいわき市を除いては小規模な町の集まりである。一番規模の大きい町(現南相馬市)でも7万ちょっとで同じ福島県中通りと比べると人口も圧倒的に少ない。常磐地方の歴史を語るのに陸前浜街道沿いに拓けた宿場町としての顔を省いては語れない。きょうは旧道であり、今でも常磐地方の目抜き通りとなっている陸前浜街道の面影を残すものをいくつ... 続きを読む