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高山樗牛ゆかりの瞑想の松

本日は休みを利用して高山樗牛ゆかりの瞑想の松を訪ねた。瞑想の松は東北薬科大学の学内にある。時刻はちょうど正午頃である。学生と見られる三人連れが私の前を通って瞑想の松のほうに歩いていった。この道は友情の小径と名づけられているが薬科大学の学生の通学ルートにもなっているようだ。それにしても暑い。今日の仙台は最高気温36度と酷暑であった。吹き出る汗をタオルで拭きながらの訪問であった。これが高山樗牛ゆかりの... 続きを読む

君子にはなれぬが儒教の修得は死ぬまで続く

本日の朝は少しばかり趣向を変え、マックへと向かった。いつもならホームグラウンドのサンマルクカフェで1時間近く読書するのだが、本日は早出の為40分ほどしか時間がなかったからである。私が店に入ったのはAM6時50分頃であった。サンマルクカフェがAM7時開店なのに対して、マックはAM6時半から店を開けている。従って、マックは主に早出するときに立ち寄ることにしている。椅子が硬いのでけして長居には適さないが... 続きを読む

随筆「佐川官兵衛、南阿蘇に散る」

随筆「佐川官兵衛、南阿蘇に散る」 幕末から明治の初めにかけて、激動の会津に佐川官兵衛(1831~1877)という武士が居た。彼は正に義に生き、義に死した武士の中の武士であった。彼の名を知るきっかけになったのはブロ友様であるマルコメさんのお陰である。マルコメさんには改めて、この場を借りて厚く御礼を述べたい。官兵衛は当初300石取りの中級武士であったが、戊辰戦争の時、主君の松平容保から手柄を認められ... 続きを読む

論語に救われた私

四五年前の私は精神的に揺れ動いていた時代である。理由はさておき、そんな時分に救いを求めたのが論語であった。論語は儒教の中でも大きな位置を占めるもので、四書五経の中ではエース的な存在である。例え短いものでもいい。一日一つでも論語に綴られた言葉をマスターする。自分が悩んだ時、このような本を通勤の電車やバスの中で読み、心の平穏を得ようとしたことがあった。本日はその中で印象に残った言葉を紹介したい。「憤り... 続きを読む

吉田松陰が遊歩した東北

前書き最近、織田久氏の著物を読んだ。「『嘉永五年東北』吉田松陰『東北遊日記』抄」である。織田久氏と言えばつい先日読んだ「江戸の極楽とんぼ『筆魔可勢』ーある旅芸人の記録」の著者でもある。織田久氏のプロフィールについて、著物から引用したい。織田久:1934年生まれ。早稲田大学美術史学科卒。日本読書新聞を経て無所属編集者。著書に『広告百年史』(明治篇・大正昭和篇)、『江戸の極楽とんぼ』(無明舎出版)があ... 続きを読む

謙譲語の修得には時間を要する

福岡でインターネット上のトラブルが殺人事件となった。内容について敢えて深入りは控えたいが、本日はこの事件から得た教訓を話したい。それは今日の道徳から衰退しつつある謙譲語の存在である。私は仕事柄各種のセミナーに参加しているが、年輩の講師諸氏の中には謙譲を使わない使わないかたが結構居られる。否謙譲語どころか尊敬語さえ使わない。中には「俺はお前らに教えてやっているんだぞ」とも受け取れる講師も居る。そして... 続きを読む

捏造された美談「幕末の仇討ち」は何を物語るのか?

赤穂浪士、新撰組、真田雪村…侍は本懐を遂げたときに一層輝きを増す。それは己の命と引き換えに大義を遂行するからである。我が国の国民に根ざした倫理観の中に「自他の名誉を重んずるのを仁義と捉える思考」を見出す時、この思想はけして失せることなく、仇討ちという制度がなくなった現代でも、燦然と人々の心の中に輝き続けるものと私は考えている。本日はそんな気持ちを拠り起こしながら、161年前に起きた一つの「仇討ち」... 続きを読む

偉大な思想家・佐藤一斎への畏敬

偉大な思想家・佐藤一斎への畏敬以前、江戸時代の儒者・三浦梅園を紹介したことがあった。今回紹介する思想家佐藤一斎(1772~1859)は同じ江戸時代の儒者でもやや年代が異なる。佐藤一斎のことを紹介する前におさらいのつもりで梅園の事を振り返っておきたい。三浦梅園(1723~1789)豊後国(大分県国東半島)出身。江戸時代の思想家、自然哲学者、本職は医者。条理学と言われる独自の学問体系を築いた『玄語』が... 続きを読む

三木清「人生は希望である」

百分de名著第4回「死」を見つめて生きる一番右側の人物が哲学者三木清である。三木清(1897~1945)哲学者。明治30年1月5日、兵庫県揖保郡平井村(現、たつの市)の富裕な農家の長男として生まれる。1914年(大正3年)第一高等学校に入学、西田幾多郎の『善の研究』を読んで感動し、1917年京都帝国大学哲学科に入り西田に師事する。 京都大学哲学科卒業後1922年ドイツに留学。 H.リッケルトに学ぶ。... 続きを読む

三木清・真の幸福とは?

NHK100分de名著 人生論ノート 三木清 『真の幸福とは何か』 Part1哲学は取っ付き難いというイメージがある。だからと言って食わず嫌いは避けたい。私は普段からそう思っていた。そんな折に今是非とも着目すべき哲学の情報が入った。三木清著「人生論ノート」である。「人生論ノート」の原文に書いてあることは難解である。これを我々にわかりやすく教えてくれるのが哲学者の岸見一郎氏である。「人生論ノートが書かれたのは今... 続きを読む

知識に溺れる者を戒める三浦梅園

はしがき私は最近三浦梅園という江戸時代の哲学者に興味を持ち始めた。彼の遺した思想で印象に残ったのが「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつその人の性質に表れるときにのみ真の知識となる 。」という言葉である。大変残念なことだが、私は「思想の押し付けの回避」という名目で教育の場から「日本人の美徳」が廃れて行くのを肌で感じている。専門知識や博識に優れ、日々研鑽に励む識者の中に、時として徳が何で... 続きを読む

相馬野馬追・海老原副大将出陣式

相馬流山 三橋美智也リンク曲「相馬流山」解説byミック「流山」は相馬中村藩祖の故郷「流山」(今の千葉県流山市)の地名にあやかったものである。1323年、相馬重胤が従者三十余人を率い、住み慣れた下総を後に、奥州相馬地方に下向した際、口ずさんだものとも言われる。一方で土地の酒造りの時にも歌われたり、鎌倉武士の間に親しまれたとも言われる。元々は侍の間に歌われたもので、相馬野馬追には出陣式時に歌われ、曲も歌... 続きを読む

誼を通じた或る人物との別れ

Albinoni Adagioリンク曲解説昨今、スレッド(直訳:撚り糸、転じてウェブ上で言う一つ一つの記事)を立てる際、YOU TUBEの音楽から入ることが多くなった。今回リンクしたトマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニ(1671~1751)作曲のアダージョはバロック音楽であり、荘厳な旋律の中に、人としてけして失ってならない信念を彷彿させる曲である。私は七年ほど前に人生の分水嶺を越えたが、それからは新たに芽生えた「第三の性... 続きを読む

エッセイ「或る決断」

武士道とは何か?  ミックエッセイ『或る決断』「武士は喰わねど高楊枝」なる言葉がある。この言葉を言い換えれば「武士にとって優先すべきことは、目先の実利でなく大義であるということになる。従ってどんなことがあっても武士は己に恥じ入ることがあってはならないし、死ぬまで名誉を貫かねばならない。本日の私には或る決断が迫られていた。時として人間は妥協も必要だがそれ以上に大切なものは己の大義がどれほどのものか?... 続きを読む

南相馬市鹿島区甲冑館

2015年相馬野馬追御行列雲雀ヶ原本陣到着リンク動画説明byミック去る7月26日に行われた相馬野馬追御行列が原ノ町の雲雀ヶ原(甲冑競馬と神旗争奪戦が行われる場所)に到着するシーンである。(所々に聞かれる侍言葉「それがし…」、馬の嘶き、蹄の音などに注目)総大将(相馬行胤公)登場は12分12秒~12分26秒頃になるので、時間のないかたは飛ばしてご覧頂きたい。本日は一昨日に訪れた南相馬鹿島区の甲冑館についてお... 続きを読む

相馬武者の熱き志、旗指物編

Queen We Are the Champions相馬武者の熱き志、旗指物編本日のリンク曲は前回に続いてQueenの曲(HDゆえ何れリンクは無効となるのを百も承知の上履行)とした。それには或る理由がある。それは江戸時代中期の旅行人(地理学者)である古河古松軒(1726~1807)をして、六万石の相馬が隣国の伊達(六十二万石)よりも武風(武士道)感ずるとしている所以である。以前の記事にも書いたが相馬は絶体絶命と言われた存続の危機... 続きを読む

祝!相馬野馬追出陣式

 相馬野馬追開幕 本日から相馬野馬追が開幕した。本日はこの野馬追の主力となるかたの紹介とともに宇多郷(相馬中村地区)出陣式の模様をお伝えしたい。このかたが今年の総大将を務める相馬行胤(みちたね)公(第33代相馬家当主相馬和胤公嫡男)である。当主ご嫡男の参加は4年ぶりとのことである。※記事は昨日の福島民報より拝借このかたは15年連続で副大将を務める北郷(鹿島地区)の海老原永明氏である。海老原副大将は... 続きを読む

エッセイ「名誉遂行を伴っての渡世」

Elgar  Pomp and Circumstanceエッセイ「名誉遂行を伴っての渡世」私が心の病を患ってそろそろ10年が経つ。それまでは自分だけは縁がないと思っていただけに、その厄難が降りかかった際の衝撃は極めて大きかった。棲家に帰れず道に迷った一匹の亀がここにいたとしよう。よしんばこの亀が運悪く天敵の猫に見つかってしまえば、猫のいいようになぶられることだろう。但し、なぶられるのと食われるのでは意味が違う。猫の... 続きを読む

相馬野馬追まであと一ヶ月

平成26年相馬野馬追第一日ハイライト相馬野馬追まであと一ヶ月私は毎朝、相馬からの常磐線で職場まで通っているが、昨今楽しみにしていることがある。それは列車に飾られた相馬野馬追の絵を鑑賞することである。地元の小学生が描いた絵と察しているが、中にはとても小学生の絵とは思えない絵もある。これは構図から言って武者行列の一こまと見受けられるが、騎馬武者の特有の特徴を捉えた絵である。騎馬武者はそのいでたちを見る... 続きを読む

相馬野馬追で禁止されていること

相馬野馬追でご法度とされることそろそろ野馬追も近い。今年の相馬野馬追は7月25日から27日まで開催される。一見夏祭りと思える野馬追だが見物に於いて守らねばならないことがある。それはこの動画を見ての通りである。「なん人たりとも横切ること、まかりならん」この祭りに参加している騎馬武者は名実とも戦国時代の侍に成り切る。それゆえ、行列の前を横切る行為は昔からご法度とされている。それと建物の二階に上がったり... 続きを読む

葛西家家臣末裔とのオフ会

 人脈は宝なり私は今までブログを通じて様々な人物と出逢い切磋琢磨してきた。これは今後もずっと続くことだろうし、私が心より望んでいることである。見聞を深めるのはなにも文献やインターネットだけではない。やはり生身の人間として顔を合わせて有意義な意見交換を交わす(オフ会)のは切磋琢磨への王道と言えるものである。本日彼と約束した時間は14時半、私はいまだかつて約束時間に遅れたことはない。何故ならば遅れるこ... 続きを読む

私の好きな言葉

  煩悩を捨て、怪力乱神は語らない昨今、論語の中で心底感化した言葉がある。それは『子、怪力乱神(かいりょくらんしん)を語らず』である。この言葉は思想家孔子を囲んだ弟子たちが師匠のスタンスについて語った言葉である。何故この言葉に私は感化されたのか?きょうはこれを実例を挙げながら具体的に説明したい。先ず「怪」という言葉の意味であるが出処の定かでなく、また確証もないことを如何にも真実のように断定口調で語... 続きを読む

武士としての名誉を貫く!(二つの動画あり)

動画その1、1964NHK大河ドラマ「赤穂浪士」去る10月19日(日)、私は図書館であるビデオの鑑賞に及んだ。1964年に放映されたNHK大河ドラマ「赤穂浪士」である。このドラマが放映されたとき、私は幼かったが実家の祖母が観ていたのを極めて印象深く記憶している。この祖母からは言い表せないほどの恩愛を受けたゆえ、今での私の心の中にしっかりと生き続け、人にとっての仁愛の大切さとは何か?を訴えるものである。何かの... 続きを読む

次の歴史研究テーマ

忠臣蔵ー赤穂浪士私は以前から或ることで武士のような強い気持ちを持ち、これを自分の生き方とすることを数年前から取り入れてきた。この中にはむろん特定の武士への成りきりも含まれる。これを奇異に感ずるかたも少なくないことだろう。ここで武士道について申し上げる。武士たる者はただ単に強い気持ちがあればいいというものではない。その根底には儒教の教えに基づく礼節、忠節、仁義がなければならない。これらが合わさってこ... 続きを読む

論語に学ぶSNSのマナー

   論語に学ぶSNSのマナーソーシャル・ネット・ワークサービス(以後SNS)に於いて多くの運営者と読者の間には堀(隔たり)が存在する。その堀の存在を知ってかれこれと工夫しているかたには何も申し上げることはないが、世の中には様々な性格のかたが存在する。しかるにこの堀が見えてないかたも存在するのである。あまり詳しくは言えないが、私の周囲にも堀の見えないかたは居る。但しこれは程度によりけりである。昨今、私は... 続きを読む

煩悩からの脱出を論語に求める

 恕の人 孔子伝プロモーショントレーラー 論語の意図するものを正しく理解する孔子の生前のイメージはよく絵で見られるような厳つい表情の人物と捉えられがちであるが、実像はこの俳優のような徳がにじみ出るような人物であったのではないだろうか?    2011年映画「恕の人 孔子伝」より数年前から、ずっとあることが私を悩ませていた。それは自らの煩悩がもたらすものである。私はこれから逃れたい、否自ら動いてその根... 続きを読む

私が侍言葉を使う理由

 独眼竜政宗オープニングソング 私が何故侍言葉使うのだろう?と疑問に思っているかたも居られることだろう。本日はそれについてお答えしたい。あれは一ヶ月半前の7月26日、相馬野馬追出陣式に際した時だった。間もなく赤を基調とした甲冑姿の相馬武士が本陣である相馬中村神社(旧中村城)を出陣しようとする時、上役と見られる武士と従者の下級武士と見られる侍の間にこのような会話が交わされた。「○○○左衛門は本陣を出て... 続きを読む

上州長脇差の心で現代を生きる

前書き笹沢左保の「木枯し紋次郎」の一節によると、江戸時代でヤクザ者の本場といえば何と言っても上州であったという。当時一流の渡世人に必須とされていた事項は四つである。①腕と②度胸と③反骨精神そして④礼儀作法である。上州(今の群馬県)はこれらにとりわけ厳しく、上州で長年修行を積んだ渡世人は「上州長脇差」と呼ばれ、他の渡世人のみならず堅気の人間からも畏敬の念を抱かれていたという。きょ... 続きを読む

和辻哲郎と志賀直哉

昭和35年志賀直哉NHK出演時インタビュー他「知るは楽しみなり」という言葉がある。一人の作家に畏敬の念を抱くことが生前付き合いのあった他の人物への興味へと繋がるのはこの言葉の極意に迫るものである。今回紹介する人物の連鎖は哲学者、和辻哲郎である。 これは志賀直哉が和辻哲郎に宛てたはがき(大正3年8月17日投函)である。この時の直哉は31歳、和辻は25歳であった。和辻は『ニイチェ研究』を著したばかり、ま... 続きを読む

論語は心を沈める特効薬である

  論語に触れ儒教の心を学ぶ最近、会社帰りの図書館でよく見るビデオはNHK人間講座「論語紀行」全十巻(放映時間述べ10時間)である。番組では孔子の生家や生い立ち、ゆかりの地について現地取材をし、これに論語の言葉の実例をあげ、解説を加えた構成となっている。講師は孔子研究で有名な愛知文教大学副学長の坂田新氏である。坂田氏のわかりやすい解説によって論語を身近に感じることが出来るという好番組である。実は先週... 続きを読む

侍、無用ノ介の魅力

  無用ノ介の不思議な魅力無用の悪を斬る。某は最近になって民間放送の専用チャンネルで時代劇を観る機会が増えてきた。以前はさほど興味のなかった時代劇を何故好きになったのかをお話したい。  エッセイ「侍の心」この世に正と負の世界があるとしよう。ほとんどの人々は正の世界に住んで居るのだが、数パーセントの者は全く希望のない負の世界(鬱)に日夜喘いでいるのだ。彼らは生きる屍の如く、負の無限回廊を彷徨い歩いて... 続きを読む

烈士、伊東七十郎の壮絶な生き方

武士の中の武士、伊東七十郎の壮絶な生き方昔から、男子たる者の目指すべきところに文武両道という言葉がある。文武両道は主君に命を捧げる武士道にはなくてはならないものであり、日々精進し目指すところである。侍は単に勇敢で武術に優れるだけでは片手落ちである。その精神には儒教の教えである仁義が備わっていなければならない。今日紹介する人物は伊達騒動にも登場する人物で、浪人ながらも熱き志を持った一人の侍である。そ... 続きを読む

不平等を糧とする生き方

 不平等を怨まず、逆に追い風とする処世術 人は哲学などに接しなくても生きて行ける。生涯を通して順風満帆の人生なら問題ないだろう。しかし人生には往々にして山と谷が存在する。運勢が下降線を辿り、スランプに陥った時、趣味に興ずることで気分転換をしストレスを発散するのも手であるが、スランプの大小に関わらずものを言うのが自己の信念であり哲学である。  人は哲学を身につけることによって人生を普遍的な視点で... 続きを読む

私にはすべての重いものが軽く感じられる

 すべての重いものが軽く感じられる 仮面を被って踊る舞踏者、このような快適でリズミカルなワルツを聞けば誰しも楽しげな踊りを踊りたくなることだろう。 だが人生はいつも凪とは限らない。もし貴方が人生に行き詰まり普遍的なものを見出したくなった時にはこんな本もいいだろう。  以下、ニーチェ 「ツァラトゥストラはこう語った」第三部七つの封印を基にミックがアレンジ 私にはすべての重いものが軽く... 続きを読む

互いに同情しない友達関係

    真の友情のありかたとは?「相手によって同情はあつかましいと感じられることがある。あなたは交友関係においてこれを未然に察知しておく必要がある。」ニーチェ「ツァラストラはこう言った」より ニーチェの解説書を読んで気付くのは直訳した場合、補足しないと読者に誤解を招くことがよく見受けられる点である。ニーチェの言葉はインパクトが強く、独創的であるがゆえに余計に誤解を招きやすいのである。あ... 続きを読む

黙っていることは簡単なようで難しい。。。

ニーチェ、ツァラストラはかく語りきより、「人々とともに生きるのは難しい。それは黙っていることが難しいからなのだ。」 沈黙を徳として掲げた人物はもちろんニーチェだけでない。アメリカの政治家、ベンジャミン・フランクリンもその一人だった。以下新潮選書「人生を考えるヒント」(木原武一著)から引用。  ベンジャミン・フランクリンは自己の倫理観を更に高めるため、13にも及ぶ道徳的目標を掲げている。その中に... 続きを読む

喜び方がまだ足りない

El?na Garan?a - Carmen - Chanson Boh?me Eldna GaranLa - Carmen - Chanson BohQme ソプラノの澄んだ声、そして極めてスピード感あふれるテクニカルなオーケストラの演奏を最後まで聴いて頂きたい。  思いを込め、滑らかなフランス語で情熱的に歌い上げられるオペラは人生の筋書きのないドラマを彷彿させ、思わず歌詞の意味を知りたくなる…     以下超訳「ニーチェの言葉」(ツァラストラはかく語り... 続きを読む

人生の経過点に過ぎない今現在を尊ぶ

 人生の通過点に過ぎない今を尊ぶ  あなたは人生の行きつくところにこだわり過ぎるあまりに、今現在のことをなおざりにしてないだろうか?ここに哲学者フリードリヒ・ニーチェが生前親交の深かったワーグナーの名曲「タイホンザー入場行進曲」を披露するとともに、極めて印象に残る彼の言葉をお伝えする。         以下ニーチェの言葉より「漂泊者とその影」を基にミックが要約  山登りをしたとしよう。たゆまず... 続きを読む

注目されない理由

 カルメン 第一組曲 闘牛士  大観衆の注目を集める闘牛士、彼らを支えるのは卓越した技術と勇気である。彼らは命を張っているのだ。数ある戦いの中では彼らは命を落とすこともある。だからこそ彼らは注目されるのである。では彼らとは違った一般人はどうなのか?  ご存知の通り、世間には自己顕示欲の強い人間がいっぱいいる。だがニーチェに言わせると彼らのほとんどは注目されたくても注目されてないというのだ。それ... 続きを読む

ニーチェの哲学は我々になにをもたらしたか?

 ニーチェ著「ツァラトゥストラ」とは?フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(1844~1900) ある書店で超訳「ニーチェの言葉」という本を見つけた。その著の内容だが、彼の独創的な言い回しに興味はひかれたものの大雑把に言って7割かた支持、残りの3割は首をかしげた。首をかしげたというのは全部を肯定できなかったからだ。  例「おしゃべりな人は隠している」…自分についてしきりとおしゃべりばか... 続きを読む

阿部次郎の思想を育んだ散歩とは?

 彼の思想をはぐくんだ散歩とは?阿部次郎(哲学者、美学者、作家)1883~1959                略歴(Wikipedia版を編集) 山形県飽海郡上郷村(現・酒田市)大字山寺に生まれる。荘内中学(現山形県立鶴岡南高等学校)から山形中学(現山形県立山形東高等学校)へ転校。校長の方針に反発し、ストライキを起こして退学。その後上京して京北中学校へ編入。  1901年(明治34年)、第一高等学校入学。同級生... 続きを読む

新渡戸稲造における武士道

 武士道を心の片隅に置き、誇り高く現代を生きる ※以下ヤフー百科事典を基にいろんな著書の補足をまとめ編集。新渡戸稲造(1862―1933) 教育家、農政学者。文久(ぶんきゅう)2年9月1日、岩手県の盛岡で南部藩士であり十和田開拓で有名な新渡戸家の三男として生まれた。東京英語学校を経て、1881年(明治14)札幌農学校卒業。同農学校在学中、内村鑑三らとともに受洗し、キリスト者となる。 1883年東京大学に入学する際... 続きを読む

地の果てまでも

 歴史の暗闇の中に消えた男を通し武士道を描く遠藤周作(1923~1996)彼の残した歴史小説の中に「侍」という作品がある。侍はこの長編小説の中では長谷倉六衛門の名で登場するが、支倉六衛門常長として実在した人物である。 支倉六衛門常長(1571~1622〔没年推定〕)、仙台藩家臣、1613年藩主伊達政宗の命を受け180名の使節団とともにメキシコを経てヨーロッパに渡る。 江戸幕府のキリシタン弾... 続きを読む