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メッサーラの最期に見せた真の友情

大スペクタクル映画 ベン・ハー 戦車レースは後半のハイライトシーンであり、まさに命を賭けた危険なレースだった。ベンハーの宿敵メッサーラは支配者階級であったが、彼にとって金持ちケンカせずの理論はなかった。彼は戦車レースで決着をつけると言うベンハーの提案を飲んだのだ。     出場するのは9チームである。それぞれコスチュームに身を包み、4頭立ての馬車に乗り込む。動画に出てくるメッサーラのギリ... 続きを読む

志賀直哉と石巻

  文豪志賀直哉と石巻の関わり昨日私は親父の五十回忌に際し、墓参りを行うとともに父の生前ゆかりの地を巡ろうと思い、石巻のシンボルである巻石のある住吉公園に足を運んだ。親父も幼き日にきっとこの公園で遊んだに違いない。住吉公園には住吉神社が祀られている。※この日の順路と訪れた地点の位置関係をご確認ください。赤□:JR石巻駅、赤○:住吉神社、黄色○:巻石ここは巻石のある小島に架かる橋から上流側のアングルであ... 続きを読む

父の五十回忌にその生前を偲ぶ

 五十回忌を迎えた父の生前を偲ぶ 今なお大震災の津波の爪痕消えぬ宮城県石巻市、私は父の五十回忌の法要を営めないせめてもの罪滅ぼしに、墓参りに向うとともに、生前の父の面影を求めて早朝に仙台を出発した。  この日の交通手段は思うところがあり、安易な直通の高速バスを使わずにJR仙石線を使うことにした。とは言え、この路線は津波の被害で全線復旧しておらず、今なお高城~矢本間を途中でJRバスで中継し利用者... 続きを読む

ben Hur神から命の水を授かり再び生を得る

 神のご加護により生を赦されたBen Hur  Marvelous shot from the film BEN-HUR”God Help me!” ベン・ハーは親友メッサーラに総督暗殺未遂の濡れ衣をきせられ、家族離散、自身は当時奴隷以下の扱いの罪人にされるという憂き目にあう。   罪人として灼熱の炎天下のなか、砂漠を連行されるとき彼は激しい喉の渇きに襲われ、死に直面した。その時気絶したベンハーに水を差し出した一人の男がいた。「おいお前、何をす... 続きを読む

ベンハ-とメッサーラの関係とは?

BEN HUR-ガレオン船を漕ぐ! BEN HUR - The Rowing of the Galley Slaves - Miklos Rozsa古代ローマの誇る超高速ガレオン船(戦艦)とは?司令官の号令とともに太鼓たたきの両手の小槌が交互に降ろされ、漕ぎ手である奴隷の拍子を取る。………37秒、「速度上げ!」と司令官から指示が出る。………1分11秒、司令官は「中速度!」と怒号を上げる。最初余裕を見せていた奴隷の表情が少し険しくなる。一瞬、ベンハ-は司令官を... 続きを読む

東北の古墳の探究始めます!

  文化後進国と思われる東北の意外な一面ブログFORTHへのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30702596.htmlみちのおく、白河以北ひと山三文…皆さんは多かれ少なかれ、東北と言えば文化の後進の地というイメージを持っておられるだろう。ここで次の数字に注目してもらいたい。九州91、山陰・北陸52、山陽~近畿~中部28、東日本(東北、北関東沿岸)72…??この数字を皆さんはどう思われるだろう?私は昨日こ... 続きを読む

西仙台ミーティング本日開催

仲間と共にDEEPな西仙台の文化、自然を楽しむきょうの仙台地方の天候を例えると「ボディブローのように徐々に効いてくる雨」と言えばわかって頂けるでしょうか?20度に満たない気温、霧雨のような細かい雨は徐々にライダーの体温を奪い、やがてテンションがダウンしてしまうのです。→→→ 本日の参加者を紹介します。山形のみのたん(KR)、宮城県北部のDトラッカーさん、仙台のミック(スーパーシェルパ)くしくもkawasak... 続きを読む

旧道中山街道の実沢、小角地区を訪ねて

 中山街道根白石近くの農村部を巡る 本ブログでは過去に旧道中山街道を訪ねる小旅を数回に渡って掲載してきたが、きょうはその延長として根白石(ねのしろいし)地区近くの農村部である実沢(さねさわ)、小角(おがく)地区の探索を行った。下の地図をご覧頂きたい。赤い線が前回までに探索を行った区間、黄色い線が本日探索した区間である。  中山街道関係前回記事掲載「中山道の伝説と八乙女の語源」へのリンクhttp://b... 続きを読む

蕎麦処藤原で休日の手打蕎麦を味わう

  新たな手打ち蕎麦店の開拓一昨日、祝日を利用してKawasakiライムグリーンブーツを修理(補強)しました。エンジニアブーツをバイク用ブーツとして使用した際の悩みとして、左足のシフトチェンジレバーのところが痛んでくることが挙げられます。このまま履き続けると穴が空く可能性もあります穴が空くことは避けたいので、昨日はちょっと工夫をし対策を講じててみました。用意するのは100円ショップセリアで販売されているラ... 続きを読む

少年時代の眩しかった夏休み

  少年の日に見た長浜海岸の眩しさ   「砕けてはまたかへしくる大波のゆくらゆくらに胸おどる洋」 これはいまから110年前の1902年(明治35年)石川啄木が盛岡中学の修学旅行で現石巻市渡波松原の長浜海岸を訪れた時に詠んだ句である。果たしてこの歌には啄木のどんな想いが込められていたのだろう。そんな想いを胸に本日は往時の長浜海岸を私は偲んでみた。 ※啄木が訪れた11年後(1913年:大正2年... 続きを読む

少年の日の長浜海岸での思い出

 コバルト色の長浜海岸に思いを馳せて  明日は海の日である。きょうはそれに相応しく幼き日の私の海に対する思い入れを自叙伝として綴り、皆さんにお伝えする。私には毎年今頃の時分になると思いだすことがあった。それは幼き日実家石巻市渡波の長浜海岸で体験したけして忘れ得ぬ思い出であった。          自叙伝「長浜海岸の思い出」          &nb... 続きを読む

寒河江にて(後編)

   寒河江の歴史を巡る旅昨日、バスと列車を乗り継いで山形県寒河江市に行ったがきょうはその続きをお伝えする。これは昨日撮影した寒河江駅の南西側からのアングルである。ここから終点の左沢(あてらさわ)行きの列車も出ているが帰りの便が非常に不便で、左沢駅で3時間45分も上り列車を待たなくてないことを知り、やむなく左沢行きをあきらめた。 寒河江駅周辺で腹ごしらえでもしながら、歴史を探訪しようという考え... 続きを読む

寒河江にて(前編)

    山形県寒河江市へ まずまずの天候に恵まれた本日、私は休日を利用してバス旅行を試みた。行く先は山形県寒河江市。私は9時ころ仙山線にて仙台駅前ダックシティ向えの山形交通バス乗り場に着いた。東北道から山形道を経由し、約1時間ほどで山形駅前に到着。山形は雪国である。駅に到るドーム型のぺデストリアンデッキが冬場の深い雪を連想させる。開放されたぺデストリアンデッキから北側を望んでみた。突き当たりのビル... 続きを読む

カフェ、パスティリーミティーク

Chicago 素直になれなくてChicago - Hard To Say I'm Sorry/Get Away低気圧が去って梅雨の晴れ間に恵みを受け、仙台市街地へ。ここは仙台駅から北へ向かう大動脈上杉山通りである。ビルの屋上に掲げられている看板をよく見てもらいたい。KATSUYAMAとは勝山企業と言って地元では知らない人がいないほど知られた商社である。※地図できょうの私の進路と勝山企業の位置をご確認ください。○印が勝山企業です。 この付近(SEIYU... 続きを読む

俺はゴングが鳴るまであきらめないんだ!

Mick Jagger feat. Lenny Kravitz - God Gave Me Everything Mick Jagger feat. Lenny Kravitz - God Gave Me Everything                  俺はあきらめないんだ!  気付いているか?神はあらゆる可能性を与えたことをあきらめちゃいけない可能性を信じるんだ 俺は何度も挫折を経験してきたそのたびにへどが出るほど嫌気が差... 続きを読む

伊達政宗の南奥州制覇とさんさ時雨伝説

 宮城県民謡「さんさ時雨」 さんさ時雨さんさ時雨か萱野の雨か音もせで来て濡れかかる ショウガイナさんさふれ~五尺の袖を今宵ふらぬで何時のよに 武蔵あぶみに紫手綱かけて乗りたや春駒に門に門松 祝に小松かかる白雲 みな黄金この家お庭の三蓋小松鶴が黄金の巣をかけた この家座敷は芽出度い座敷鶴と亀とが舞い遊ぶ芽出度嬉しや思うこと叶うた末は鶴亀 五葉の松扇芽出度や末広がりで重ね~の お喜び 雉... 続きを読む

新渡戸稲造における武士道

 武士道を心の片隅に置き、誇り高く現代を生きる ※以下ヤフー百科事典を基にいろんな著書の補足をまとめ編集。新渡戸稲造(1862―1933) 教育家、農政学者。文久(ぶんきゅう)2年9月1日、岩手県の盛岡で南部藩士であり十和田開拓で有名な新渡戸家の三男として生まれた。東京英語学校を経て、1881年(明治14)札幌農学校卒業。同農学校在学中、内村鑑三らとともに受洗し、キリスト者となる。 1883年東京大学に入学する際... 続きを読む

奥州街道名取宿を訪ねて

 旧道にわずかな面影を残す名取宿昨日仙台市太白区の八木山入口の鹿落坂を訪れた私は八木山を越え、大野田、中田経由で名取市に入った。この道路はかつての4号線であり、旧奥州街道である。街道沿いに南下してみたが、残念ながら往時の面影を残すのは一部の祠を除きほとんど見つからなかった。古い、ものを見たい…そんな要求が私を街道西側の田園地帯へといざなった。背景で通過する貨物列車はJR東北本線である。※下の地図で今... 続きを読む