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待望!ヤフーブログが容量を増加

  ヤフーブログの画期的変更一昨日、ヤフーブログの掲載一回当たりの文字数が5千文字(原稿用紙12枚分)から2万文字(原稿用紙50枚分)になったことが発表された。これによって長文の掲載が可能となった。そんな私も昨年11月~12月にかけての長編歴史小説を書き、文字数制限による止むを得ない事情で10回に分けて掲載したいきさつがあった。中編小説、長編小説を手がける人、或いは膨大な量の情報を掲載したい人には... 続きを読む

エッセイ「ペルー国歌に勇気づけられたあの時の私」

ペルー国歌ペルー国歌和訳我々は自由だ!いつまでも自由だ!たとえ太陽の光が消えても…神にこの荘厳な約束を誓ったのだから長い間ペルー人は奴隷となって虐げられてきたしかし、海辺から神聖なる自由の声が聞こえてくると、うなだれていた首を上げた。我々は自由だ!いつまでも自由だ!たとえ太陽の光が消えても…神にこの荘厳な約束を誓ったのだから エッセイ「ペルー国歌に勇気づけられたあの時の私」あれは5年前のことだっ... 続きを読む

もう一つの「独眼流政宗」鑑賞

  もう一つの独眼竜政宗※日時指定投稿昨日の日曜日の早い時間に私は宮城野区図書館に向かった。目的は新たな本の物色とビデオ鑑賞である。本を借りた後、ビデオをいろいろと物色した。その中で目に止まったのがこのビデオ「独眼流政宗」である。「独眼流政宗」と言えば多くの皆さんはNHK大河ドラマ1987年放映のTV版を想像されるのではないだろうか?だがこれは違う。なんと1959年(昭和34年)版の映画作品である。もち... 続きを読む

エッセイ「死ぬまで変わらぬもの」

 Tchaikovsky くるみ割り人形 「花のワルツ」      エッセイ「死ぬまで変わらぬもの」春を思わせる陽気に誘われ、昼過ぎに街のほうに出てみた。私は基本的に雑踏が苦手であるが、一月下旬になり仙台の街もようやく年末年始の雑踏から解放され落ち着いてきた感がある。そんなことも手伝い私は気楽な気分でまったく雪のない仙台市の中心街を気ままに歩いてみた。伊達政宗公が基盤を作った城下町仙台は賑やか過ぎず辺... 続きを読む

東北初、建設現場風居酒屋「いっぷく」

建設現場風居酒屋で過ごす週末の憩いのひと時先週の土曜日のことだった。仙台市北部の路地を歩いていた私はこのように非常に風変わりなチラシを頂いた。「現場風居酒屋」とは一体なんなのか?オープンはきょう1月24日(金)である。週末が近づくに連れ、人一倍もの好きで好奇心旺盛な私としてはどうしてもこの店に行かないと気が済まないものとなっていた。それにしてもビール一杯(中ジョッキー)が129円とは激安(オープン... 続きを読む

牡鹿半島のくらし展その2

きょうは去る19日に引き続き、仙台市メディアテークで行われた「牡鹿半島のくらし展」についてお伝えしたい。まずはこの漁具をご覧頂きたい。魚を入れるびくである。この洗浄作業をご覧頂きたい。恐らくこのびくは津波で流されて泥だらけになったのではないだろうか?会場の説明書きによると洗浄の他に虫処理もしているようである。これは東北学院大学で携わったようである。これは水瓶である。私も幼い時に母方の実家にあったの... 続きを読む

ポエム「くたばるのはどっちだ?」

  The Rolling Stones Doom And Gllom  ※日時指定投稿ミックオリジナルメイドポエム 昔から喧嘩っ早い奴と罵られてきた。もちろん売られた喧嘩はすべて買ってきた。だが喧嘩に明け暮れして何が残った?と問われると何も思い浮かばない。得ることよりも失うことが多かったのは事実だ。そんな俺様も歳には勝てない。老いてきたのを認めざるを得ない。だが一旦このスタンスを取ったからには一生これを貫かねばな... 続きを読む

津波に襲われた鯨の町の豊かな文化を偲び復興を祈念する

東北学院大主催「牡鹿半島の暮らし展」IN鮎川※日時指定投稿最初にお断りしておくが、これは去る1月12日(日)に取材した記事である。宮城県牡鹿半島の石巻市鮎川地区は3年前の震災の津波で壊滅的な被害を受けた。多くの住居が失われて生活用品の多くが流失し、これらは人々の記憶とともに無くなろうとしていた。これに着目し、後世に語り継ごうとしたのがこの展示会である。本ブログでは今回から二回に分けてこの鮎川の往時の... 続きを読む

足摺岬の80メートルの断崖を目にした時

 若き日の田宮虎彦の苦悩を描いた私小説※日時指定投稿皆さんもお気づきのことと思うが、季節は日毎に春に向かっている。これは昨今の日没の時間を見れば伺えることであり、12月末では4時半で暗くなっていたのに比し、昨今の仙台地方では5時近くまで明るさを保つに至っていることからも明らかなことである。今冬の仙台はまとまった雪が降らないのでご覧の通り、また風もなく今時としては穏やかな部類に入る一日であった。この... 続きを読む

エッセイ「寒中熱燗価千金」

  エッセイ「寒中熱燗価千金」※日時指定投稿日本人のアルコール体質を考える時、概ね三つに大別されるのではないだろうか?一つ目は欧米人並みにアルコール分解酵素が多く、酒に強いとされるタイプ、二つ目は先天的に分解酵素をほとんどもたず酒が全く飲めないタイプ、三つ目は両者の中間型で先天的に分解酵素は多くはないが、飲酒によって徐々に酵素が増え酒が飲めるようになっていくタイプである。 実は私は典型的な三番... 続きを読む

仙台都心のお勧め中華料理店

仙台中心地に存在する実力派の中華レストラン※時間指定投稿きょうは年末年始休暇に私が訪れた仙台都心の中華料理店2店を紹介する。まずは航空写真を。赤:東京家(仙台駅前)、黄色:東龍門(定禅寺通り、県民会館2階)東京家は駅を背にしてやや右側、ペデストリアンデッキを降りて徒歩50メートルという立地である。駅の構内には中華料理店はないので在来線の電車乗り換えの時間を利用して入るのもありなのかも知れない。この... 続きを読む

エッセイ「時勢とともに変わりゆく街並み」

 ヨハンシュトラウス歌劇「こうもり」序曲   エッセイ「時勢とともに変わりゆく街並み」 そろそろ一月も半ばになる。きょうの仙台は最高気温は一度で凍えるような一日だった。かろうじて真冬日はまぬがれたものの、東北でも太平洋側に位置する仙台ではこのような寒い日は滅多にはない。こんな日はいい音楽でも聞きながら熱いコーヒーでも飲みたい。夕方からYOU TUBEをいろいろと聴きあさっているうちにこの曲に出会えた。ヨ... 続きを読む

太宰治の最高傑作「津軽」とは?

  小説「津軽」は不朽の名作昨今、私はブログ仲間の和奴さん(青森県弘前市在住)から感化を受けた或る作家があった。彼の名前は太宰治。まさに剃刀のような鋭い切れ味を彷彿させる文章は稀代の天才作家に相応しいものがある。三連休中日のきょうは仙台市図書館(メディアテーク)に足を運んで彼のビデオ(過去にNHKTVで放映したもの)の第一作と最終作の二作を鑑賞した。 休日のひと時、様々な雑念から開放されて好きな作... 続きを読む

近頃の私の三大趣味とは?

 三連休の初日に今年初の古美術を楽しむ昨今の私はブログを通じて様々な趣味を持ったかたとお付き合いさせて頂いている。これは自身のブログの中でも「趣味は二の次でお人柄第一」をキャッチフレーズに掲げる論拠でもある。ブログでのお付き合いが講じて今までまったく興味のなかった分野に興味が及ぶ。そして新しい知識が自分の感性を豊かにしてくれる。自分の知らないことを教えて頂く。これは中世から近世にかけての世界の東西... 続きを読む

「松の花」に見る我が国の良妻賢母像

山本周五郎「松の花」1942『婦人倶楽部』発表山本周五郎「松の花」あらすじ紀州徳川家の佐野藤右衛門は千石取りの家老である。彼は六十四歳になるが髪に少し白髪が増えたのと視力がやや衰えたのを除けば壮年の者を凌ぐほどの健康を有していた。彼は年長者への配慮により長年勤めたお勝手役の職を解かれ、代わりに藩史編纂の担当を任ぜられていた。昨今彼は「松の花」と言われる紀州家中の烈女、節婦といった誉れ高い女性たちの... 続きを読む

新年恒例の寺社仏閣散策

新年の寺社仏閣巡りによって得られる心の平穏私には昨年から始めた新年の恒例行事がある。それは寺社仏閣巡り、少なくとも四十代までは全くと言っていいほど興味のなかった寺社仏閣巡りが昨今は私の新たな趣味として定着した感がある。1月5日に私が最初に訪れたのは仙台市青葉区の北山霊園である。まずは哲学者、美学者の仙台名誉市民阿部次郎の墓である。既に没後55年が経過したわけだが彼が仙台に残した形跡(功績)は極めて... 続きを読む

生涯初めての骨董所有&固めの杯

 ブログ仲間不あがりさんからの贈り物年始休暇もきょうで最後となった。私はこの貴重な一日を無駄にしないため、昼過ぎから仙台市北部の寺社仏閣巡りをおこなった。但しこの模様は本日お伝えせずに日を改めた上でお届けしたい。それは本日AM11:00前にブログ仲間の不あがりさんから届いた猪口であった。不あがりさんとは昨年3月から10ヶ月に渡るお付き合いであるが、非常に中身の濃いおつき合いをさせて頂いている。 ... 続きを読む

寒気を気にせず年始休暇最後の川歩きを楽しむ

休日の川歩きで自然との対話を楽しむ年始休暇もあとわずかとなった。年末の休みに入った初日の昨年の12月28日に宮城県多賀城市を流れる砂押川の上流側の散策をお伝えしたが、きょうは180度方向を代えて下流域の散策に及んだ。私は午後一番のJR仙石線に乗り、前回と同じく多賀城駅で下車した。多賀城駅は依然として工事中であったが鳥居型のデコレーションが人目を引く。こちらが本日歩く河口側である。年が明け、そんなに暖... 続きを読む

大航海時代のポルトガルが抱いた野望&香辛料から得た莫大な富

  115名の命と引き換えに得たインド航路以下「歴史を変えた大航海の世界地図」、「大航海者の世界ヴァスコ・ダ・ガマ」、Wikipediaより引用の上編集1488年、喜望峰に到達したバルトロメウ・ディアスの帰国後、ポルトガルには不吉なことが続いた。国王ジョアン2世の病気、落馬による王子の死、王位継承でのもめごと…、そうしている間にライバルである隣国スペインはコロンブスによる大西洋横断航路開拓という快挙を成... 続きを読む

通算1000投稿に際して

(ログイン者)通算1000投稿を迎えて  本日は予定を変え、号外扱いで本記事を投稿する。お蔭様で今回のこの更新で通算1000記事目(ブログを初めて5年2ヶ月)となった。今日までこんな長きに渡ってブログを続けられたことに自分でも驚いている。1000回の投稿の間にはいろいろなことがあった。感動したり、新たな情報を得たり、いいことも多かったが中には嫌なこともあった。それだけ人間模様は千差万別であり、... 続きを読む

新春特集大航海時代のポルトガルが抱いた野望その2

 西洋人として初めてアフリカ最南端に達するポルトガルのアフリカ西海岸開拓事業は1460年のエンリケ航海王子の死去以来停滞する。その理由は財政難であった。それでも開拓事業は継続したい…。当時国王だったアフォンソ5世はこの二つの条件を満たす極めて合理的な方法を考え出した。それはリスボン在住の富豪家、フェルナン・ゴメスと5年契約を結び、一年に640キロずつ南下する代わりに貿易圏を独占できるというものであ... 続きを読む