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エッセイ「榎本武揚と星恂太郎の生き様」

幕末歴史エッセイ「榎本武揚と星恂太郎の生き様」明治維新に於いて注目度の高い人物と言えばなんと言っても吉田松蔭や坂本龍馬、高杉晋作、西郷隆盛あたりが挙げられる。幕府側の人物では勝海舟、土方歳三と言ったところが人気どころゆえ、同じ幕府側の榎本武揚はどうしても隠れがちになる。ところがどっこい、私は旧幕臣ながら多くの軋轢と戦い、政治家となって明治の世を強かに生きた榎本武揚が殊の他好きである。彼が宮城県松島... 続きを読む

新転地、亘理で自分の生活を創作本位に煮詰める

NHKTV番組「あの人に会いたい」志賀直哉エッセイ「自分の生活を創作本位に煮詰める」縁があって宮城県南部の亘理町に住むことになった。そんな私が最初に強く意識したのが尊敬する文豪志賀直哉が大正11年に述べた言葉「自分の生活を創作本位に煮詰める」である。但し、私は現役のサラリーマンゆえ、「プライベートに於いて」という助詞が付く。彼がこの言葉を述べた年齢は39歳、青年時代に始まった父との確執に終止符が打た... 続きを読む

生まれて初めて書斎を持つ感激

 新天地亘理&相馬への赴任 相馬転勤とそれに伴う宮城県亘理町への引越しの二日間に渡るドタバタがようやく落ち着いたのはきょうの午後2時過ぎであった。サラリーマンにとって転勤は大きなターニングポイントであり、運不運の分かれ目とも言えるものである。私は9年半前に東京転勤し、予期せぬ挫折により地獄を見たものゆえ、今回の転勤はそれとはまったく異なるものを感じている。何よりもこのような長閑な土地柄を十分に堪能... 続きを読む

エッセイ「中庸をもって幸いとするべし」

木枯し紋次郎「中山道は血に染まった」高望みは無用を悟り、己の戒めとする愛用のブルーのDUNLOPスニーカーが履き替えの時を迎えた。試行錯誤の後、私は生まれて初めて赤いスニーカーを履いた。年甲斐もなく少し気恥ずかしい気がするが、季節に相応しい精神の高揚が欲しかったのである。現代の渡世人を自認する私にとって速く歩けなくなった節は躊躇することなく渡世人の名を返上するつもりである。赤いスニーカーはそんな私の相棒... 続きを読む

昨今の石巻の復興振り

 故郷石巻に見る昨今の復興故郷石巻に墓参りに行った。今に始まったことではないが、私は震災で一時操業を停止した製紙工場に煙が立ち上るのを見て安堵を感じた。祖父の代はここを「パルプ」と言った。石巻の繁栄を語る上でパルプ工場の沿革は欠かせないものである。墓参りを終えて石巻中心街を訪ねた。ここは内海橋近くに出来た「町づくり情報交換館」である。「町づくり情報交換館」には懐かしい写真の数々が展示されていた。あ... 続きを読む

伊達政宗の副将的存在・伊達成実廟所を訪ねて

亘理伊達家廟所を訪ねる小旅年度末ゆえ、有給休暇の消化をすることにした。春分の日を迎え、私はJR常磐線に乗って間もなく己の居住の地となる宮城県南部の亘理町を目指した。駅から歩くこと30分。如何にも古そうで格式のある山門が私の目を捉えた。大雄寺である。大雄寺には伊達成実公を始めとした亘理伊達家が祀られている墓所がある。google航空写真で位置関係を確認して頂きたい。ピンク:JR亘理駅黄色:亘理城赤:亘理伊達家... 続きを読む

五十数年前の父の葉書き

家族思いで几帳面な父の性格を知り得る一通の葉書き本書庫では過去に於いて①祖父が私に宛てた葉書き②祖母の葉書き(同)③独身の叔父が親父に宛てた葉書きを紹介してきた。(興味のあるかたはブログのバックナンバー機能でご覧頂けます)本日紹介するのは五十数年前に親父が出張先(宿泊先)である福島県相馬市の初音旅館から宛てた葉書きである。水色には私の本名が記してある。往時一家は川べりに住んでおり、... 続きを読む

私が四月から住む亘理町を紹介します

亘理町居住への期待ブログで何度かお伝えしたが四月からの相馬転勤に伴い、宮城県南部の亘理町のアパートを借りて勤務地である相馬に通うことにした。仙台(黄色)と亘理町(赤色)の位置を確認して頂きたい。宮城県亘理町(Wikipedia)宮城県南部の太平洋沿岸、阿武隈川の河口に位置する町。温暖な気候(年間平均気温12.5℃、年間降水量は1,224mm)を利用しての果樹、花卉栽培が盛ん。特にイチゴが名産である。郷土料理のはらこ飯は... 続きを読む

伊達藩岩出山有備館の歴史を学ぶ

 多くの仙台藩士が儒学を学んだ有備館本日、私は仙台市青葉区にある戦災復興記念館を訪れた。目的は仙台藩志会主催の伊達学塾受講のためである。一階ロビーに飾られた不死鳥の絵画をご覧頂きたい。第二次世界大戦が招いた仙台空襲から早70年が過ぎようとしている。今、改まって振り返ってみるならば、豊臣秀吉による領地没収、徳川家康による経済的締め付け、戊辰戦争敗北による石高半減と仙台は今まで多くの困難に貧してきた。... 続きを読む

丸山城を巡る伊達と相馬の攻防

伊達の大群、篭城する相馬軍を押し出す間もなく福島県相馬市に転勤となるので、私は休みを利用して新たな居住となる宮城県の亘理町のアパートに足を運び、ガス開栓の立会いを行った。その足で宮城県南部の丸森町に向かった。それは或るところから頼まれた歴史エッセイ執筆に伴う取材である。このあたりは伊達政宗が15歳(満14歳)で初陣を飾った土地柄とされるスポットで、宿敵相馬と烈しい抗争が繰り返されたところである。こ... 続きを読む

仙台都心で味わう百円Coffee

BigCoutry Where the Rose is Sown昨日、所用があって半日有給休暇を取った。14時には無事に用を済ませ、私はその足で東京建物仙台ビルからの眺望を楽しむことにした。これは20階建ての同ビルの13階からのシティービューである。ビルからの眺望は高ければいいというものではない。超高層ビルからの視界は下界を見下ろす感覚にはなっても一体感が感じられないからである。名君と謳われる人物は世間を見下ろしてはいけな... 続きを読む

新たな人脈が創作意欲をもたらす

http://www.youtube.com/embed/fA_VlW5XvXQ先日エッセイに述べた通り私は三月が好きである。春空の三月も悪くないが、気まぐれな三月も愛しているゆえ、どっちに転んでもいいのである。然るにこの時期特有の春風もあばたもえくぼと受け取れるし、曇り空とて赤子のとっての子守唄の如く、私の感性に優しく響くものになるのである。時折小雨の降るきょうの仙台市街であったが、三月が恋人である今の私にとってはとるに足らない些事に... 続きを読む

エッセイ「竹の節に上下はあれど優位性は存在しない」

エッセイ「竹の節に上下はあれど優位性は存在しない」組織に仕える多くの御仁は己のプライドと引き換えに上意(上位の者の意向)を優先する傾向にあるのではないだろうか?何を隠そう数年前まで私もそのような考えをもった一人であった。だが今は違う。私はどんな御仁を目の前にしても臆する(気後れ)ことは一切ないと断言するものである。即ち、禅の教えに竹の節に上下はあれど優位性はないというものがある。私はこれを己の信念... 続きを読む

上杉家賢臣、直江兼続墓所

直江兼続墓所「春日山林泉寺」を訪ねる先月の24日と25日は所要で山形県米沢市を訪ねたついでに、或る由緒ある寺を訪ねた。寺の名前は春日山林泉寺。ここは上杉家ゆかりの墓所である。但し上杉家代々の藩主の墓所は先日紹介した通り、ここから離れた場所にある。ここに葬られているのは藩主の奥方や子女、同家の支候(重臣)が葬られている。2月末にしてこの深い雪を見るにつけ、改めて米沢地方の豪雪ぶりを感じるものである。... 続きを読む

陸前浜街道と伊達政宗にちなんだいい話

敵対した伊達政宗を通した相馬藩の美談先週土曜日のことだった。私は春休みとなった息子を誘い、車で四月からの新しい勤務地となる福島県相馬市を訪れた。実はこの松並木だが、四、五年に一度紹介したことがあった。震災後はずっと来てなかったゆえ、改めて紹介したい。ここは陸前浜街道と言って、藩政時代に相馬と江戸を結んだ主要道路である。この陸前浜街道、意外にも当時相馬藩と敵対していた伊達政宗が通ったらしい。※以下Wik... 続きを読む

エッセイ「三月のもたらす幻」

エルガー「威風堂々」エッセイ「三月のもたらす幻」きょうから三月に入った。雪のない三月を迎えられたことに感謝しなければならない。若かりしころから毎年、この時節になると言葉に尽くせないほどの心の高揚を感じてきた。気候のいい五月も魅力的だが、三月という月の創りだす深い陰影に心底感銘するのである。このような陰影は平坦な面にはけして造形されない。険しさと優しさが同居するゆえ、造形されるのである。今夕は格調高... 続きを読む