fc2ブログ

封印していた書庫を再開放します

 SIMONE - England Dan & John Ford Coley https://www.youtube.com/watch?v=4Z1v3EWTqSUリンク曲についてこの曲「シモンの涙」は若年の頃大変気に入っていた曲である。それから数十年が経ち、題名をすっかり忘れてしまい、もう二度とお目にかかることはないと諦めかけていたが偶然にもYOU TUBEで遭遇したである。しんみりとしたこの曲をどんなシチュエーションで私が聴いたのかは読者の想像に任せたい。なかなかお目にかか... 続きを読む

話題のルーペグラス購入しました

 Billy Ocean - Get Outta My Dreams, Get Into My Car https://www.youtube.com/watch?v=zNgcYGgtf8Mリンク曲についてセカンドライフを迎え一層歴史に勤しむ機会が増えた感があるが、二十代から三十代の頃はよくTVでモータースポーツの番組を観た。詳しくは覚えてないがBGMとしてこの曲が使われたことははっきりと覚えている。今この曲を聴いて思うのは、少しも古さを感じさせないことである。テンションの高い曲であるが、いく... 続きを読む

横町界隈の製図

本日は昨日に引き続き、生家横町周辺の製図を行った。先ずは基本情報をGoogle航空写真地図に落としてみた。町名や最寄の寺の記入が済んでいなかった為である。紫桃正隆氏の描いた図面と異なるのは水路や道路の角度が必ずしも直角になっていないということである。こうなると一筋縄では行かない。もっとわかりやすくする為にGoogle3D立体画像に通のや濠、主要な屋敷の名称を落とし込んでみた。立体画像で見ると屋敷の広さも想定で... 続きを読む

石巻屋敷と蛇田町肝入屋敷の特定

本日、石巻の郷土史家である紫桃正隆氏の描いた蛇田町(現:旭町)の図を基にCADで製図を試みた。縮尺は1/500である。尚、蛇田町の各住戸(往時の蛇田町の住民は宿場の労役の為、近郊の蛇田村から移住させた百姓が主と思われる)の間口は2間と設定した。また紫桃氏の想定した寸法を優先した。下図はその一部である。私の生家のあった場所は「石巻横町」と書いたところより南に100メートルほど行ったところになる。紫桃氏の描い... 続きを読む

吉田松陰が訪ねた頃の石巻湊絵図

本日、偶然にも自分のルーツに関わる公共サイトに遭遇した。検索は’石巻南浜地区 大正時代’でヒットするようだ。念のためURLはhttp://www.thr.mlit.go.jp/bumon/b06111/kenseibup/memorial_park/miyagi/common/file/miyagi_committee04_05.pdf#search='%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E5%8D%97%E6%B5%9C%E5%9C%B0%E5%8C%BA+%E5%A4%A7%E6%AD%A3%E6%99%82%E4%BB%A3'である。国土交通省、宮城県、石巻市の連名となっている。目次はご覧... 続きを読む

小鍋で作る一人用煮卵

本日は或る景品を紹介したい。先ずはマッチ箱と大きさを比較して頂きたい。これはグラタンなどを作る一人用の小鍋である。電子レンジを使って煮卵を作ってみたい。蓋のない皿で煮卵を作ると、時に破裂して飛び散ることがあるが、しっかりした蓋があるので大丈夫と踏んだ。私の予想は当たった。この小鍋はグラタンのみでなく煮卵を作るにも最適なようだ。横町挨拶このところ重い記事ばかり掲載していたので、今回は軽く行ってみまし... 続きを読む

黄檗宗・大年寺の探訪その2

本日は先日に続き仙台市太白区の大年寺を紹介したい。二百数十段の参道の階段を登りきると平坦な地形となる。中世の頃、大年寺には粟野大膳の居城とされる茂ヶ崎城があった。粟野氏が去ってから二百数十年後、ここに新たな伊達家の菩提寺が創建された。きっかけは仙台藩四代藩主伊達綱村の黄檗宗への帰依である。両足山大年寺は一時は僧三百人を擁した仙台藩有数の大寺院であった。※茂ヶ崎城跡には立札が立っているが、往時の城跡... 続きを読む

曲から入って記事を書くのも修行である

 トート - 私はあなたにいるよ(モントルーで生きる) https://www.youtube.com/watch?v=eHtU0-TfDGcリンク曲についてTOTOの I'll Be Over Youは過去に於いて何度かリンクした曲である。週の前半を無事に終え、今週もハーフタイムとなった。今はそれを強く意識して記事を書いている。このところ音楽リンクのない記事が三回続いたので本日は好みの音楽から入ってみた。今宵は感性の赴くままに、曲から想像することに逆らわず... 続きを読む

ブログのイメチェン

昨日から本日にかけてブログのイメージチェンジを行った。内容は些細なものだが、自分なりにポリシーをもっての実行であった。先ずは書庫の断捨離である。実はヤフーブログの書庫はリミットが100である。自分の場合断捨離を行う前までは97の書庫があった。減らしたのはバイク関連の書庫である。断捨離をする前の10書庫を6書庫減じたので現在は4書庫となった。これによってトータルで91の書庫となった。これで新たに歴史... 続きを読む

黄檗宗・大年寺の探訪その1

先週の木曜日(10月18日)私は仙台市太白区にある或る禅寺を訪ねた。目指す寺は国道(286号)からのアプローチになる。秋空が澄み渡って大変気持ちのいい日であった。正面に見えるのが黄檗宗(おうばくしゅう)大年寺の惣門である。大年寺には伊達家の当主の廟所がある。大年寺の本堂はこじんまりとしているが、これは近代になって再建されたものである。実はこの寺は由緒ある古刹であった。過去形を用いたのは明治維新の後... 続きを読む

仙台平野を見下ろす鉄塔三基三態

 FRANCK POURCEL-ADORO アドロ~フランク・プゥルセル https://www.youtube.com/watch?v=qPnr3Sn7z1kリンク曲についてアドロというこの曲は憂いを帯びた曲である。ブロ友の皆様に於いてはこの曲に聞き覚えはないだろうか?1972年10月2日~1973年3月26日にフジテレビで放送されたドラマ「光る海」(全25話)のテーマソングに用いられた曲である。沖雅也が主演で、共演は島田陽子、中野良子、芦田伸介、菅原謙治、夏夕介、小林麻美... 続きを読む

楽に行こう

 Bryan Ferry - Slave To Love [Official] https://www.youtube.com/watch?v=9kp3N3wQPO0リンク曲についてセカンドライフくらいは楽に行きたい。週末には外で酒でも飲んで羽根を伸ばしたくなるのが人情だが、今の私は家でブログの記事をあれこれ考えながら飲んだほうが余程愉しい。組織に仕えるということはどうしても自我を抑えなければならないということである。自分はこれが大の苦手である。けして本意ではないが、抑えた自... 続きを読む

江戸期~大正期の生家の地図公開します

本日は江戸時代~大正期にかけて描かれた自分の生家位置が特定できたので発表したい。石巻の鋳銭場(硬貨を造った場所)は1728年(享保13年)に造られている。この鳥瞰図には鋳銭場の表示があるので、少なくとも江戸時代中期以降に描かれたものと見られる。各町の名称を落としてみた。私の生家を赤い点で示してみた。「横町」と書かれた文字の左傍にあるところである。生家の近くを流れていた堀(水色で表示)は今ではなくな... 続きを読む

四年続けての文芸誌投稿

私は2014年の秋から四年続けて或る文芸誌に寄稿している。文芸誌の名は「みちのく春秋」、年に四回発刊される季刊誌である。これまでの履歴は❶歴史小説『金色の九曜紋とともに』2014年秋号~2017年夏号、12回連載❷エッセイ『ダンプカーの運転は楽しい』2017年秋号、1回掲載➌啓発書『現代サラリーマン処世術』2018年新春号~2018年春号、2回連載❹歴史随筆『我がルーツと大河北上』2018年夏号~2018... 続きを読む

『江戸の極楽とんぼ』石巻編

本日は最近読んだ織田久著『江戸の極楽とんぼ』についての感想などについて語りたい。この本は幕末の浄瑠璃芸人の富本繁太夫の東北漫遊記『筆満可勢』について書かれたものである。繁太夫は江戸の深川に住んでいた芸人で生年も本名も不詳である。江戸浄瑠璃の一派で富本節の芸人ゆえ、富本繁太夫を名乗ったようである。三味線引きの弥惣次、内弟子の松の二人を連れての男三人旅であった。著者の織田久氏は繁太夫の実家は小間物問屋... 続きを読む

与平衛沼の探検

 Starship - We Built This City https://www.youtube.com/watch?v=K1b8AhIsSYQリンク曲について本日は久しぶりに音楽をリンクした。80年代のホップスをいろいろと聴き、お気に入りの曲を選び、その中からリンク無効になり難いものを選ぶ。これに気付いてからリンク無効にされることは少なくなった。音楽と酒がブログに相乗効果をもたらす。これに気付いたとき、ブログに無限の奥深さを感じる。さあ、今宵も軽快なこのメロディ... 続きを読む

壮観!地方新聞十数紙の一斉展示

本日は仙台市の中心地の一番町で開催されているNEWSPAPER CAMPUS 2018 in Sendaiからの抜粋を紹介したい。イベントの趣旨は「さまざまな参加型プログラムを通して新聞の面白さを知り、知識を得ることができる親子向けのイベント」である。企画として、新聞の見出しや記事を組み合わせて紙面を作る「新聞パズル」や、テーマに合わせて自分だけのスクラップが作れる「新聞スクラップ体験」コーナーのほか、実際に取材した体験をもと... 続きを読む

知的アナログ バンカースゲーム

本日は私が小学校から中学校の頃に流行ったアナログゲームを紹介したい。バンカースゲームである。昭和28年(1953年)にできたと言われるこのゲームは直訳すると銀行ゲームとなるのだろうが、実質的には不動産ゲームと言ったほうが近いのかも知れない。※画像は「60年代 懐かしの宝箱」様から引用させて頂いた。箱の中にはこのようなものが入っている。サイコロも入っていて原型を辿ればすごろくに行き着くのかも知れない... 続きを読む

最近の日本酒嗜好

 その時歴史が動いた 「忠臣蔵 父と子の決断 赤穂浪士討ち入りの時」 (2002年) https://www.youtube.com/watch?v=DQY9yuEHYc8リンク動画について今のセカンドライフに入る前、自分には或る葛藤があった。仔細は敢えて伏せるが、その葛藤を振り払う為に強い者に成り切る必要があった。強い者という言葉で真っ先に思い浮かぶのは武者である。数年前の自分は武者に成り切るつもりでこのような動画を好んで見た。自分にも赤穂浪... 続きを読む

一年二ヶ月前までやっていた仕事

 UD ダンプカー 本日は一年二ヶ月前までやっていた仕事を紹介したい。大型ダンプカー(10トン車)の運転である。この仕事は非常にリスクの大きい仕事である。この業界は事故を起こせば自腹となりかねないダークグレーな世界なのである。それと雨天になると休みになることもある。それでも晴れた日の舗装路の運転はあばたをえくぼとするほどの喜びがある。この醍醐味(様々なリスクと相対する解放感)は乗った者にしかわからな... 続きを読む
[タグ] 大型ダンプ

司馬遼太郎街道をゆく「河内みち」

 司馬遼太郎 街道をゆく「河内みち」の鑑賞と考察 昨日、仙台市図書館の視聴覚コーナーで久しぶりにビデオを見た。司馬遼太郎の「街道をゆくシリーズ」の「河内みち」である。司馬遼太郎が昭和39年に東大阪市に居を構える前に、彼は道頓堀とさほど遠くないところに住んでいた。番組の冒頭の「大阪の雑踏や喧騒さが好きだ」とい言葉に彼の限りない郷土への愛着を感じる。ところで、NHKの製作したこの番組は朝日新聞社出版の「... 続きを読む

伊達政宗の秋にちなんだ詩

本日は仙台市図書館で国宝大崎八幡宮仙台・江戸学叢書『伊達政宗の漢詩』を借りてきた。政宗は文武に優れた面を持ち、生涯に実に4千通という当時では非常に多い手紙を書いた(祐筆に書かせたものも含む)武将として知られるが、これには深い教養があったという。以前彼の代表作である「馬上少年過ぐ」は本ブログで何度か紹介したが、本日は、深まり行く秋にちなんで伊達政宗の文化人としての側面を紹介したい。先ずは一作目は題不... 続きを読む

三連休の初日のウォーキング

 Carmen - Ouverture https://www.youtube.com/watch?v=PQI5LtRtrb0リンク曲について天から授かったこの命、されば常にこだわりをもって生きていたい。自分には原色のような生き方のほうが性に合っている。ところで闘牛士の服装は派手な色彩が使われているが少しも違和感を感じない。それは常に彼らが命を張っているからだ。自分は現役時代に権力に立ちはだかり、常に背水の陣を強いられていた。この時は家族を抱えながらの孤軍... 続きを読む

台風に備えて、塀の補強

 Andrea Bocelli - O Sole Mio - Live From Central Park, USA / 2011 https://www.youtube.com/watch?v=Mwj6-4zGhJIリンク曲について本日は昨日水曜日出勤の振り替え休みであった。家事に追われた一日だったが心は極めて晴れやかである。それは一家の主として為すべきことを果たしたからである。趣味に生きるのも悪くないが、それは家庭があってのモノダネである。何を為したかは本題で述べるが、先ずは達成感に浸り、いつもよ... 続きを読む

セカンドライフの肝は老眼鏡

 Nickelback - Figured You Out [OFFICIAL VIDEO] https://www.youtube.com/watch?v=QPtHgy54fHUリンク曲について私は歴史に取り組んでいることもあり、流行を意地でも追いたくないというのが本音である。人類は古来から似たようなことを幾度となく繰り返してきている。然らば、今巷で流行っていることはやがては廃れることが目に見えている。それでも年寄り臭くなるのは避けたい。背中を丸めないで早足で歩く。その速度は大概の... 続きを読む

曾祖母の代の横町想定図

本日『みやぎ北上川今昔』(みやぎ北上川の会発行)という著物に掲載された北上川実測図を見て、生家の横町の近くにあったとされる堀の位置がよくわかった。実測図が描かれた時代は明治30年(1897年)頃のものと思われる。(同書P160より引用)水色が堀のあったところ(現在は埋め立てられたり、暗渠となって堀としては殆ど残っていない)である。赤は私の生家のあった場所である。これは郷土史家の故・紫桃正隆氏(19... 続きを読む