FC2ブログ

今月のブログ運営を振り返って

自分にとって、今のFC2ブログは螺旋状のスロープのようなものである。但し、近道して一気に上に駆け上がる方法などは有り得ない。自分にはヤフーブログ時代の十年間のブログ運営の経験があるが、過去の経験には一切拘らず、一年生のつもりで新たなスタートを切りたいと考えている。本日は染谷昌利氏著「世界一やさしいブログの教科書」よりブログ運営に関する様々なヒントを頂戴した。その趣旨としては①、Google Search Console... 続きを読む

信長、姉川の戦で義弟と激突

今回は織田信長シリーズとして姉川の戦をメインにして話を進めて行きたい。参考にしたデータ(画像引用も含む)はNHKの歴史番組「その時歴史が動いた 肉を切らせて骨を断つ~織田信長・捨て身の復讐戦~」である。1560年代後半の京滋~越前地方の大名の勢力図をご覧頂きたい。百年近く続く越前の名門・朝倉氏は新興勢力の織田氏に対して、激しい対抗意識を持っていた。その朝倉氏は古くから浅井氏と同盟を結んでいたのである... 続きを読む

五百年前の胡椒は超高級品であった

昨日、私は久しぶりで朝マックを利用した。目的は読書である。青葉区一番町のマックはホームグランドではないが、時間のない時にたまに立ち寄る程度である。今読んでいる本は羽田正氏著「東インド会社とアジアの海」である。大航海時代に、いち早くアフリカ南端の東回り航路を拓いたポルトガルの狙いの一つは胡椒などの高価な香辛料であった。今は百均で買える塩胡椒だが、往時の香辛料は非常に高価な品であった。著者の羽田正氏で... 続きを読む

ブログのレベルは脱ビギナー

多くの人は自分のレベルを過大に評価する傾向にある。大変悔しいことであるが、次に掲げるデータを冷静に見ると、自分もその一人であるのを認めざるを得ない。これはGoogleアナリティクスによる最近一週間のPV(ページビュー:同人が一日に何度アクセスしてもカウントされる数字)である。人気記事はやはり自分のFC2ブログ運営を客観した記事であった。但し二番目に歴史関係の記事「織田信長の長篠の戦」が急浮上してきている。... 続きを読む
[タグ] 東北ランキング

裏技・サッシのクレセントカバーの修理

住まいの各部は経年とともに傷んでくるが、自分はその多くをDIYでこなしている。家を大事にする気持ちの根底に存在するのが家族愛であり、ルーツへの感謝の念が転じたものである。最近、アルミ製掃き出し窓のクレセントのカバーが破損した。普通なら交換するしかないと考えるのだろうが、自分は違う。飽くまでもDIYで直すのが横町流である。先ずはカバー(アルミ製)に穴を空ける目印をつける。(白の修正液を使用)万力でカバーを... 続きを読む

ブログではどんな記事に人気が集まるのか?

明日は週の中休みということもあり、今宵は琉球泡盛のロックを嗜んでいる。合わせる曲は或るブロ友様から教えて頂いた、50年代のシブいJAZZである。セカンドライフに入った今は特別なことは特に望んでいない。今の自分にとっては例えささやかでも、平凡な一日一日を刻むことが何よりの至福である。武骨な性分ゆえ、若い頃から随分と人間関係のごたごたを経験した。自分の物差しを人に当てはめようとしたことが、その原因の多くだ... 続きを読む

按配いいぞ!廃品を利用した工具入れ

本日は廃品(洗剤入れ)を利用した工具入れを紹介したい。自分は日曜大工が好きである。従っていつの間にかこのような道具が増えてしまった。この工具入れは中仕切りを設けたところがミソ(中仕切りによって小さい道具が中で倒れ難くなる)である。中仕切りの固定はコーキングで行った。ドライバーなどは似たような機能を持つものもいくつかある(笑)道具を立ててみるとこんな感じである。以前は中仕切りがなく、よく中で倒れて取... 続きを読む

長篠の戦、戦国を変えた両雄の決断

織田信長が臨んだ戦いで「桶狭間の戦」とともに、双璧に位置するのが「長篠の戦」である。 但し、長篠の戦は織田軍独自での戦いではなく、徳川家康と連合を組んでの戦いであった。甲斐の大大名・武田軍に台頭する勢力を誇った織田信長であったが、東の駿河や三河の備えを固めるには徳川家康の存在が不可欠だったのである。両者の思惑(往時の家康にしてみれば、まだまだ小大名で武田と戦うだけの力がなかった)が一致しての連合だ... 続きを読む

豚骨ラーメン「いちもんじ」に行ってみました

仙台に埼玉発の豚骨ラーメン店「ラーメン いちもんじ」がオープンしたので、本日息子を連れ立って行ってみた。外観は小奇麗な印象で合格である。メニューは至ってシンプルである。種類が少ないので迷うこともないと思うが、お勧めはワンコインで食べられる豚骨ラーメンで十分(トッピングは割り高感がある)である。麺の固さに「はりがね」というのがあるのにはビックリ!チャーシューのトッピング料の¥200は切り方が薄いので... 続きを読む

石の上にも三年…

ヤフーブログの閉鎖(自分はサービス中止という言葉を使わず敢て閉鎖という言葉を使わせて頂いている)に伴い、FC2ブログに移った自分だが、移行三箇月を過ぎ、ようやくリズムのようなものを掴みかけた気がする。当初は勝手がわからず、右往左往するのみであったが、ブロ友様の介添えもあり、ようやく軌道に乗ってきたのである。今更ヤフーブログに未練はないが、コミュニケーションというところにおいて、ヤフーブログのアドバ... 続きを読む

劣化したヘッドホンカバーの対処方法

●ヘッドホンカバーの修理●ヘッドホンカバーというのは非常に厄介な代物である。三四年使っただけで表層のビニールが劣化してボロボロになる。こうなると剥離した断片が耳につくのである;対処法としてヘッドホンカバーのみの交換も考えたが、¥1000以上するようだ。そこで指向を変え、インターネットで調べたところユニークな方法がヒットした。それは表面のボロボロをガムテープで取るというものである。なるほど、こんな方法... 続きを読む

国見ヶ丘地区のウォーキング

私は水曜日を「週のハーフタイム」と呼んでいる。現役の頃とは異なり、月、火と二日出て水曜日に一日休む。これに土日を加え、週休三日となっているが、このバランスが丁度いい按配で絶妙なバランスなのである。仮に、水曜にどうしても出勤しなければならない事情が生じた際は、出勤し木曜に振り替え休日を取ることもあるが、この場合はハーフタイムとは呼べない。水曜の休みが週の中間に位置するからハーフタイムなのである。私が... 続きを読む

8年前に亡くなった上司へ捧げる曲

Freddie Mercury - Too Much Love Will Kill You リンク曲について本日は8年前に亡くなった上司Aさんの話をしたい。但しこの話は断片的に2013年に随筆でお伝えしたことがあった。同じ話となっても何なので、その時とはなるべく別な話を交えながら、在りし日のAさんを改めて偲びたい。Aさんが亡くなったのは2011年の春、震災直後のことだった。今の自分はまだまだ未だが、若年の頃の自分はもっと未熟だった。Aさんと... 続きを読む

今年も夏至が近づいた

今年の夏至は6月22日なので間もなくである。仙台市役所前で帰宅途中に撮影した写真をご覧頂きたい。17時40分でまだこの明るさである。梅雨晴れはどうも今日、明日くらいで明後日からは再び梅雨空に戻るらしい。或いは暫くは青空が望めないのかも知れない。今年は例年よりも5日ほど早く6月7日に入梅したので、梅雨が長くなりそうだ。横町利郎挨拶皆さん、新しいブログには慣れましたでしょうか?私はユーザータグの表示(... 続きを読む
[タグ] 夏至 横町利郎

織田信長が桶狭間の戦いで見せた情報戦略

戦国武将の中で織田信長は真っ先に情報戦略を実戦に取り入れた武将であった。本日は2000年にNHKで放映された「その時歴史が動いた 桶狭間の戦い 織田信長 逆転への情報戦略」の番組をもとに、信長の先見性を見て行きたい。桶狭間の戦いは永禄3年(1560年)5月19日(旧暦)に起きた戦いであるが、その後の大名の勢力を塗り替えるほどの極めて大きな戦いであった。天文20年(1551年)に信長が18歳で家督を継... 続きを読む

ユーザータグのリンクをしました

FC2ブログに引っ越してからそろそろ二箇月経とうとしているが、これまで一度もユーザータグを登録したことがなかった。そもそもユーザータグという言葉さえ理解しておらず、軽視していたのである。ところがYOU TUBEで「FC2ブログ タグ入力のやりかた」https://www.youtube.com/watch?v=nPLWn-Oa_UQ&t=524sを見ているうちに、SEO(インターネットで検索されやすくなる度合い)を上げたいならば、無視はとんでもないとい... 続きを読む
[タグ] SEO向上

毎朝のカフェ通いで得られたこと

パッヘルベル カノン リンク曲について自分は無宗教で無神論者であるが、このような宗教音楽を好んで聴く。かつて私は仙台藩士・支倉常長(1613年、仙台藩主伊達政宗の命を受け、通商などの条約締結を目的にメキシコ~ヨーロッパに渡る)ことを書いたことがあったが、この曲はキリシタンに改宗した支倉の心境(使命と信仰の狭間にあって、侍として筋の通った生き方を模索する気持ち)を彷彿とさせる曲である。自分が現役時... 続きを読む

水の森地区のポタリング

Journey - Don't Stop Believin' (from Live in Houston 1981: The Escape Tour) リンク曲について馬が合うという言葉があるが、自分にとっては70年代~80年代の洋楽(ポップス)がこれに当たる。あとは酒があればいい。例え空想の中でも再び青春時代が甦る。本日はその感動を胸に抱きながら、休日の夕暮れ時を愉しんでいる。今と言う刹那は二度と戻らないが、全盛時代のスティーヴ・ペリー(ボーカル)を見ていると、若... 続きを読む

或るブロ友様ゆかりの昭和の石巻

本日は或るブロ友様ゆかりの石巻をお伝えしたい。ここは仲町の仙北バス石巻営業所である。ブロ友様は過去において、この営業所に勤めていたときがあったという。実は私も一時このバス停を利用して通学していたことがあったので不思議な縁だと考えている。これは推察だが、この営業所には宿直が置かれ、毎日寝泊りしたのではないだろうか?写真は「石巻・東松島・女川今昔写真帖」郷土出版社発刊より引用・邉見清二氏(石巻千石船の... 続きを読む

カツカレー専門店丁屋の実力は如何に?

本日の昼食で訪れたのは定禅寺通りのカツカレー丁屋である。周囲は宮城県庁、仙台市役所、青葉区役所が立ち並ぶ官庁街である。この店はずっと前から気になっていたものの、なかなか訪れる機会がなかった。本日は近くで講習会(仕事絡み)が開かれ、訪問に至った次第である。先ずは店の外にある券売機でロースカツカレーの券(並み:税込み¥700)を買った。店内に入ると働き盛りの男性(気のせいか脂ぎっているかたが多い;)が... 続きを読む
[タグ] カツカレー丁屋

中庸の美を本望として生きる

HERE I GO AGAIN - Whitesnake (live in London 2006) リンク曲について この曲は自分が定年を果した際の数箇月後の記事にリンクした曲である。直訳すれば「俺はここに再び戻って来たんだ」ということになるが、難産だった定年退職を振り返って、偽らざる心境でリンクした曲であった。失われた名誉を再び取り戻す。これは自分にとって意義があっても、先方にとっては甚だ理解できないことだったことだろう。但し往時の... 続きを読む
[タグ] 中庸の美

ランキングバナーの設置

自分は現在ブログランキングの「地域情報」の「東北地方」に登録しているが、登録してからバナーを貼り方がわからず、放置状態であった。自分は「新投稿画面」を使って記事をUPしているが、そもそもHTML表示が何であるのかわからなかったのである。ランキングバナーの取得の説明文では「タグをコピーしてブログに設置してください」と書いてあるものの、HTML表示に切り替えないとそれができないことがわからなかったのである。エキ... 続きを読む

散ったブロ友へのフォロー、しっかりやります!

Robert Tepper - No Easy Way out リンク曲についてFC2ブログに引っ越して二箇月半、ここに来てようやくYOU TUBEリンクが堂々と出来るようになってきた。この曲の歌い手であるロバート・テッパーはやや強面だが、秘めたる熱情を感じる曲である。感情をストレートに出したいのは今の自分の本望だが、これをやれば不遜になるし、第一おとなげない。だが、これをリンク曲で表すのはセーフと思っている。今まで低迷に喘いでい... 続きを読む

戦わねばならない時に士気を高める曲

自分はけして非国民ではない。但し戦わねばならない時は外国の国歌で士気を高めている。君が代を否定するわけではないが、国の安泰を願う君が代ではどうしても士気が高まらない為である。本日はその中からグレートブリテン島・アイルランド島に位置する二つの国の国歌を取り上げたい。場面はラグビーの試合の前の国歌演奏である。1分まではお馴染みのイギリス国歌「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」の演奏。アイルランド国歌はその... 続きを読む

ブログサイトの壁は乗り越えられるか?

ヤフーからFC2ブログに移って2箇月あまりが過ぎた。当初はFC2ブログはライブドアブログへの架け橋(移行への仮住まい)程度に考えていたのだが、ライブドアブログの大半の画像を誤って消してしまい。4月末になって覚悟を決め、FC2ブログをメインブログにした。FC2ブログはヤフーブログに比べて自分で設定する要素(カスタム性)が多く、初心者の私には敷居が高かったが、ブロ友のマルコメ様からの技術援助によって、... 続きを読む

裏技・バイクのクラッチレバーのがたつき改善

 Mr.mister-Kyrie  本日はFC2ブログに初めてYOU TUBEをリンクした。自分のブログはけして音楽ブログでないが、ヤフー時代は結構音楽をリンクしていた。ブログの環境が変わり、今までは更新するのがやっとだったFC2ブログだが、ここに来てようやく余裕のようなものが見えてきた。本日はその高揚した気持ちをこのMr.Mister - kyrieに託したい。これからは記事にYOU TUBEをリンクすることが一層増えてくるものと捉え... 続きを読む

随筆「佐川官兵衛、南阿蘇に散る」

随筆「佐川官兵衛、南阿蘇に散る」 幕末から明治の初めにかけて、激動の会津に佐川官兵衛(1831~1877)という武士が居た。彼は正に義に生き、義に死した武士の中の武士であった。彼の名を知るきっかけになったのはブロ友様であるマルコメさんのお陰である。マルコメさんには改めて、この場を借りて厚く御礼を述べたい。官兵衛は当初300石取りの中級武士であったが、戊辰戦争の時、主君の松平容保から手柄を認められ... 続きを読む

大正6年撮影・石巻祝田浜の仇討ち現場

本日は「ふるさとの想い出写真集 石巻 明治・大正・昭和」から幕末に仇討ちのあった祝田浜(現石巻市)の写真(大正5年撮影)を掲載したい。左に広がる内海は渡波の万石浦である。「きてみてけらいん! いしのまき」からの引用でもう一度この仇討ちを振り返ってみたい。越後新発田藩中小姓久米弥五兵衛が文化14年(1817年)、同藩の藩士宅で馬廻役滝沢休右衛門に殺害(滝沢休右衛門の藩金の不正な着服を久米弥五兵衛に知... 続きを読む

石巻の花街としての顔を描いた作品

我が故郷石巻は港町である。港町には花街がつきもので石巻もその例外でなかった。今回紹介する文学作品と建物(残念ながら今は存在しない)は、その縁を偲ぶものである。作品を書いた作家は徳田秋声、数ある職業の中で小説家ほど、その歩んできた人生遍歴を重視されるものはないだろう。71歳にしてこの作品を著した彼にはそんな大衆の欲求を十分に満たすものがあった。それは彼が男やもめになった55歳ころから始まったKさんと... 続きを読む

生麦事件と薩英戦争

本日は2006年にNHKで放映された「その時歴史が動いた」より、「イギリスから見た薩英戦争」について画像を交えながら振り返ってみたい。尚、これをブログに取り上げる動機となったのが、ブロ友の不あがり様の「生麦事件」への言及(不あがり様は事件の起きた場所である横浜市に在住)である。不あがり様には、改めて御礼を述べたい所存である。生麦事件の起きる3年前の安政6年(1859年)、幕府との通商条約批准の為、イ... 続きを読む