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エッセイ「連休前の勇み足
私は筋の通らないことが大嫌いである。コンプライアンス的なことは言うに及ばず、時としてモラル的に及ばないものやエゴイズムを容認できないことがある。こうした性格は生まれ育ったころから少年期にかけて育まれた正義感と言えるものであるが、これと近年患った躁鬱病の副産物による「成りきり」とが加わり、時として他人と軋轢を起こすことがよくある。昨今の「侍への成りきり」について説明するならば、侍の本分とも言える常日頃からの覚悟(己の領域に踏み込む者、或いは仁義に反するものがあれば、例え相手が誰であろうががあれば、これを黙認することなくその場で相手を諫めねばならないという気持ち)が心の中に構築されつつあるということである。これを良く言えば熱血漢、悪く言えば堅物で攻撃的な喧嘩早い人間ということになるのかも知れない。自己分析に及ぶならば、躁鬱病完解(病状が落ち着くこと)後数年を経て、昨今はこうして新たに作られた性格が顕著になってきた気がしている。

帰宅時のバスの中での晩酌を思いついたのは昨日の朝である。『明日から大型連休なのできょうくらいは少し羽目を外しても…』今思い起こせば頭の片隅にそんな思いがあったのかも知れない。但し、この時点ではそうしたちょっとした心の隙が或る出来事へと繋がっていくとは夢にも思わなかった。私は朝食を食べ終わると無造作にリュックの中にいつものポケットボトルを押し込み、慌ただしくW駅へと向かった。
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勤務を終え帰宅時間となった。定刻通りの便で私はS駅で電車からバスに乗り継ぎ、駅の売店で晩酌のつまみのスルメを買った。席は最近の定番とも言える運転手さんの直ぐ後ろである。発車と同時にポケットボトルに入ったスコッチウイスキーを口に含ませた。若い時のように一気にあおることはない。徐々に夢心地になって酔っていく過程を楽しむのだ。車窓から日没したばかりの阿武隈の山並みが幾層にも連なり、稜線の織り成すシルエットの濃淡が私に妙をいざなった。明日の好天を約束するように、沈んだばかりの夕日の残像が薄紅色となり名残惜しそうに山の峰々を包み込むのであった。日没の感動を味わいながら、読みかけの本を読み二つ目の駅に差し掛かるころにはすっかり酔いが回り、ほろ酔い気分であった。

そのような中で予期せぬアクシデントが起きた。「次はY駅に止まります」という運転手さんの声でバスは発車してから数百メートルほどして乗り遅れたと見られる客が手を上げてバスを停車させた。停留所以外の停車要求は本来ならば拒否できるのだが、運転手さんの善意でバスはその人物の前で止まった。

その男性の歳の頃は私より五、六歳上だろうか。白髪交じりのがっちりした体格の人物で何か一癖も二癖もあるような人相をしていた。否、これは今から起こりうる出来事があったからそう思えるのであって、町ですれ違っただけではだだの初老の印象の薄い人物だったのかも知れない。マニュアルにない停車位置でバスを止めてもらったその男性は入り口の折戸が開くなり、運転手さんに開口一番「バス停の位置が良くない。反対側に移せばいいんだ。」と詰め寄った。それもバスに乗る気配もなく路上に立ったままそう語ったのである。止まった位置が信号のすぐそばだったので、男性が乗らないため再び赤に変わった。

その一部始終を見ていた私は瞬間的に頭に血が上り、反射的に大声でこう語った。「旦那さん、ここはバス停でないんですよ。あなたは運転手さんのご厚意でバスを止めて頂いたんです。それならそのご厚意に先ずは礼を言うべきです。」すると男性はこう返した。「私はバス停の位置が悪いからそう言ったんだ。あんたは何も大声を出すことはないだろう。」

横町「あなたの言うことは筋が通っていない。運転手さんにそれを言うのは間違っている。終着駅のW駅に到着してからJRの職員に対して言うべきだ。」こうした内容の言葉の応酬が数分続き、運転手さんはしびれを切らし「お客さん!」と語った。私はその一言で我に帰った。バスの中には十名ほどの乗客がいて、このやり取りにはすっかりうんざりした様子であった。「何を言ってまんねん…」ついに関西弁が出た。恐らく感情を抑えきれなかったからだろう。その男性の発言は感情のエスカレートとともに徐々に関西訛りを呈していた。

一度我に帰った私だが、「私は関西人だが関西ではこんな場所はない。」という言葉にまたカチンと来た。「関西人だろうがアメリカ人だろうがそんなことはどうでも良い。とにかくあなたの言うことはエゴイズムの塊だ。あなたの心のなかに公衆道徳はあるのか?筋を通せ!」と応酬した。これに対し男性は更にいろいろと言って来たが全ては利己主義的な発言に終始し、他の乗客の迷惑など一切眼中にないようであった。私はこの相手もいくら話しても無駄なことを悟り「問答無用!話すに及ばず!私にはあなたに黙ってもらう権利がある。どうしても黙れないなら、途中でバスを降りて二人で警察に行こう。」と強い口調で述べた。

この時私は起立し、乗客のほうに向かって「皆さん、ご迷惑を掛け申し訳ありませんでした。」と述べた。その時男性は悪びれた様子もなかったので、私はこう畳み掛けた「あなたも私と一緒に謝りなさい」
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少しは良心の呵責があったのだろうか?彼は再び「何を言ってまんねん」と語ってようやく後方の座席に移っていった。
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終着駅であるW駅が近づくと運転手さんはこう語った「バス亭でないところにバスを止めた私に非がございます。皆さんには不快な思いをさせて申し訳ございませんでした。」ここで私は再び起立に及び乗客に謝罪した。男性はきょとんとしたままであった。彼の心の中は知る由もないが、バスを降りる時の私は反省の念に駆られていた。即ち何の落ち度もない他の乗客を騒動に巻き込んでしまったことに対する後味の悪さである。
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翌日の午前中に私はW駅に足を運んで駅長と会い、昨日のしくじりを深く詫びた。「他の乗客に迷惑を及ぼしたことを深く反省しています。」「いえいえ、昨日のことは運転手から報告を受けていました。皆さんはどちらがまともなのか見抜いていたと思いますよ。」私はその言葉に恐縮の極みを感じつつ、二度とこのような失敗を繰り返さないことを心に誓い、足早に次の目的地へと向かった。
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