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福島県民謡「相馬流山」
4月1日から相馬勤務となった。その地に赴任したからにはとことんその地を好きにならねばならない。私はそういう一心で帰宅時に相馬駅前の相馬図書館に立ち寄った。相馬図書館はこの建物の2階にある。

宮城県在住のゆえ、手続きに時間が掛かったが数日を経てこのような貸出券を手に入れた。

昨日、早速借りたのがこの本「相馬野馬追」福島中央テレビ企画、岩崎敏夫著である。著者はこの本の中で相馬藩が幕末まで生き残ったことを奇跡としている。相馬藩には次のような五大危機があったという。

1、隣国の伊達氏からたび重なる侵略を受けたこと

2、関ヶ原の戦い後西軍(石田三成)に味方した疑いによる領地没収の危機

3、18代藩主大膳亮義胤公急死に伴う一家断絶の危機

4、天明の飢饉による人口の激減(餓死、病死により人口は以前の三分の一となった)

5、戊辰戦争で相馬領地が焼け野原になる懸念

しかしながら、相馬は絶体絶命の危機をいくたびに渡って切り抜けてきた。その理由については後日説明したい。甲冑をまとった騎馬武者が真夏の太陽の下でその力と技を競う「相馬野馬追」、そこには相馬人の熱い志を認めざるを得ない。

著者はこうも語っている。「伊達を宿敵として数百年もの間相対しなくてなかったのは運命の皮肉の皮肉などと悲しんでいる余裕さえなかったのである。そしてついに屈することをしないで済んだのは、むしろ奇跡と言える。これでは相馬野馬追も発達しないわけにいかない。」と。私の祖は伊達に使えた家柄(下級武士)だが、こうした隣国相馬の生き残りには「敵ながら天晴れ!」という言葉しか思い浮かばないのである。

私はライバルである相馬に高い志を感じるとともに、武士道で言う敵に払うべき敬意(彼らのプライドを重んじる気持ち)を払わねばならないと思っている。多くの史実に接し、末代まで血を残すことの困難さを感じている。ゆえに相馬野馬追には彼らの気高い志を殊の他、強く感ずるのである。

明日は天候も良さそうなので相馬本陣のあった中村神社の花見に興じたい。そして相馬人の心の奥底に宿る「誇り」に触れられれば何よりの幸いと思っている。
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