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マイスターシンガー前奏曲1977東京
人は往々にして居住地から多大な影響を受ける。都会ならば利便性と引き換えに長閑さを失う。ローカルな場所では多少の不便を感じるものの恵まれた周囲の環境から大いなる癒しを授かる。どちらを選ぶかは人それぞれだが、私はこうした人間の志向は年齢とともに変化しうるものと受け止めている。

「田舎暮らし」という月刊誌が出てから相当の年月が過ぎた。この年になっての「田舎暮らし」は願ってもない好機到来と受け止めている。「田舎暮らし」には個人の意志だけではどうにもならないものゆえ、私は仕事の都合で宮城県南部の亘理町に移り住んで本当に良かったと思っている。

本日私がバイクで向かったスポットは太平洋沿岸に面する鳥の海である。鳥の海温泉に向かったのはインターネットで昨年秋から営業を再開したとの情報があったためである。ざっと見て百人を超す老若男女がこの温泉を訪れていた。客層を分析するならば熟年夫婦が多かった。子育てを終えた夫婦が手を取り合って温泉を訪れる。

親子でも兄弟でもない血の繋がっていない者同士が長年付き添い合う。ここに私は究極の人間愛を感ずるのである。

このあと海岸に向かった。震災後に建設された防潮堤。人の背を比べると防潮堤の高さは7、8メートルはありそうである。

防潮堤から南に目をやった。画像ではわかり難いが左のほうには相馬共同火力発電所の煙突がそびえる。

Goole航空写真で鳥の海の位置を確認して頂きたい。川はその沖積性によって長い年月を経て肥沃な平野(沃野)を造り上げる。米どころ亘理町は阿武隈川の育んだ沃野である。古くは阿武隈川河口がここにあったという。

仙台方面を望んでみた。春霞が掛かっているゆえ、厳寒期とは異なり遠望は効かない。だがそれと引き換えにコバルト色の空と海がここにある。ここに来て本当に良かったと感じる瞬間である。

きょうは鳥の海の復興ぶりを紹介したい。ここは最近出来た集合店舗(酒房、食堂、自転車店、船外機販売店)である。人に自然治癒力があるならば、震災の被害を受けた町にも治癒力はある。今まで水面下に覆われていた治癒力がようやく日の目をみた思いがする。

穏やかな内海の先にそびえ立つ雪山は宮城県の最高峰「蔵王」である。

穏やかな内海を見た私は集合店舗の付近にある「フラミンゴ」という店を訪れた。
昼時とあって店は混んでいた。元々この地は観光地ゆえ、土日には混んで当たり前だが、その賑わいが数年を経て戻ってきたことに感謝したかった。

フラミンゴで私が買い求めたのはほっき飯(¥700)である。店内には「発起飯」(発起人から連想されるイメージ)という名称が掲げられていた。

歯ごたえ万点、風味満点のほっき飯。私は感謝の念を抱きつつ、ほっき飯を一気に頬張った。

サラリーマンにとって自己ゾーン構築は極めて肝要なれど、そのコツは自分が創意工夫して掴むべきものである。然るに、「たなぼた」、「柳の下のドジョウ」を当てにしてはならない。人生は受動(他力本願)であってはならない。人生の活路は自分自身が能動的に動いてこそ初めて偉られるものである。本日はこれを再認識出来ただけで十分である。
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