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 多くの仙台藩士が儒学を学んだ有備館
本日、私は仙台市青葉区にある戦災復興記念館を訪れた。目的は仙台藩志会主催の伊達学塾受講のためである。



一階ロビーに飾られた不死鳥の絵画をご覧頂きたい。第二次世界大戦が招いた仙台空襲から早70年が過ぎようとしている。今、改まって振り返ってみるならば、豊臣秀吉による領地没収、徳川家康による経済的締め付け、戊辰戦争敗北による石高半減と仙台は今まで多くの困難に貧してきた。

だが、その困難に負けることなく、今日まで東北を代表する都市として確固たる地位を築いてきた。これはひとえに藩祖伊達政宗公のご加護ゆえと受け止めている。



仙台藩志会主催の伊達学塾の開講は午後2時からである。



本日の講師は岩出山伊達家第16代当主である伊達宗尚氏である。(写真右)



本日のテーマは有備館の今昔である。岩出山伊達氏は政宗公の血筋を引き継ぐ家柄である。


 
※有備館
寛文三年(1663)、岩出山城二の丸が焼けた時、仮御殿として建てられた。初期の講師に佐久間洞厳(儒学者、画家,書家)を招き入れる。のち三代目城主伊達敏親が元禄四年(1691)に手を加え、春学館と名付けて家臣の子弟を教育する学問所としたが、この翌年、今の場所に移築され、有備館と改められた。これが現在の建物で、平屋建て、屋根茅葺き、寄棟造の建物である。昭和四十九年に修理が行われた。庭園とともに国の史跡・名勝に指定されている。庭園は正徳五年(1715)、仙台の茶人清水道竿が造った池泉回遊式庭園で、池とその周囲を覆う老樹の調和が見事である。池中には、兜島・鶴島・亀島・茶室のある茶呑島などの小島が配され、造園の妙を見せている。東北地方では、会津若松にある松平家の御薬園とともに、二つしかない本格的な大名庭園とされている。

※写真はインターネットより借用



2011年3月11日の震災で同館は甚大な被害を受けたが、約4年という歳月を経て来月から再度の公開と相成った。本日は、伊達家の末裔である先賢から有備館に関する様々なことが学べた。非常に有意義な講座であった。



次回の開講は4月18日である。
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