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敵対した伊達政宗を通した相馬藩の美談
先週土曜日のことだった。私は春休みとなった息子を誘い、車で四月からの新しい勤務地となる福島県相馬市を訪れた。実はこの松並木だが、四、五年に一度紹介したことがあった。震災後はずっと来てなかったゆえ、改めて紹介したい。

ここは陸前浜街道と言って、藩政時代に相馬と江戸を結んだ主要道路である。
この陸前浜街道、意外にも当時相馬藩と敵対していた伊達政宗が通ったらしい。

※以下Wikipediaより引用
時は1600年、関ヶ原の戦いの直前、東軍に与した仙台藩主伊達政宗が中立であった相馬領を通過して帰国しようとした際、相馬氏家中では「長年の宿敵である政宗を討って恨みを晴らすべきだ」という声が高まった。これに対して相馬藩士、水谷胤重は「相馬藩は代々そのような騙し討ちのような事はしてこなかった」として反対論を述べた。
主君の相馬義胤もこの意見を採用し、水谷は伊達政宗の使者である原田宗資と会談して、政宗の領内通過に便宜を図った。このとき政宗が宿を取った北標葉郷川添邑涼ヶ森(福島県双葉郡浪江町)の華光院は現在、正西寺が建っている。戦後、主家の相馬氏は改易されかけたが、政宗は水谷の恩義に報いる意味をこめて、相馬氏への便宜を図り改易を免れた。

浪江の華光院に泊まった政宗はその後この陸前浜街道を通って仙台への帰国に及んだらしい。例え敵将であっても騙し討ちはしない。敵ながら天晴れ!武士道精神極まる水谷胤重の物腰には清々しい思いを感ずるものである。

松並木を見物した後で「道の駅相馬」に寄った。

頼んだのは浜塩ラーメン(¥600)である。

あっさりとしたふのりの出汁が効いた半透明スープが持ち味である。
史跡の余韻に浸り、息子とのコミニュケーションを図れた有意義な一日であった。
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