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HINO NACIONAL DE PANAMA

私は書庫の一画に「中南米国歌」を設けている。数あるヤフーブログでもこのような書庫を掲げるブログは存在しない。ゆえに多くの読者諸兄は疑問を感じていることだろう。今日はその疑問に答えたい。

私は今までブログで自分を多くのものに比喩してきた。今宵このパナマ国歌を通して私が比喩したいのは同国の産んだ国民的英雄ボクサー、ロベルト・デュランである。彼は典型的なファイター(フットワークによる後退をあまり使わず、踏み込みによる前進と打ち合いを得意とするボクサー。)であり、私の人生の進むべき道を教えてくれた手本となった人物の一人である。

1983年ロベルト・デュランVSデビー・ムーア
あれは私が社会人駆け出しとなった頃だった。恥ずかしながら人として未熟であったその頃の私は何かと困難なことから逃げる傾向にあった。この至らぬ点は良好な人関係構築にブレーキをかけるものとなった。武骨者でお世辞一つ言えない私は往時、意固地になって自分の苦手とする人物を遠ざけてきたのである。そして、その見返りは顕著に現れた。私は上司や先輩から疎まれ徐々に孤立して行った。

このままでは社会人失格となる。そうして日々不安に駆られる私にロベルト・デュランのボクシングスタイル(ファイタースピリッツ)は一大革命をもたらした。

彼は「石の拳を持つ男」と言われたボクサーであったが、そのボクシングスタイルはけして綺麗なファイトとは言えない。前に出るということは相手からもパンチを浴びるのを覚悟しなければならないからだ。彼のファイトを傍から見ると泥臭く汗臭いボクシングスタイル(典型的ファイター)である。それでも彼はけして相打ちを恐れなかった。それは己の拳が石であるのを信ずるからである。
      ※左:ロベルト・デュラン

世渡りの下手な私はファイターとして生き残る道しかなかった。こうして私はロベルト・デュランのボクシングスタンスに深い感銘を受け、己の人生の糧として精進を重ねてきた。彼以外では輪島功一やジョー・フレージャー、オスカー・ショットガン・アルバラードのようなファイターも視野に入れてきた。彼らに共通して言えるのは何れもスマートなボクサーでないことである。

相打ちになったときにものを言うのが強打である。実人生に於ける強打は思想哲学の吸収による揺るぎない信念構築(悟り)と心得る。人生負け犬にだけにはなりたくない。尻尾を巻いて逃げる犬になるくらいなら前を向いたまま倒れたい。これは私が彼らから貰い受けた人生を生き抜くための術である。例え泥臭いと言われてもいい。武骨と言われてもいい。どんなことがあっても絶対に逃げないスタンス。これが私に与えられた唯一の道である。私はこれを心に刻み、これからも彼らと同じように相打ちを恐れず「後退という文字のない人生」を歩み続けることだろう。
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