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本日ゴルフ練習の帰りに、息子と立ち寄ったのは仙台市若林区の遠見塚古墳である。遠見塚古墳は国指定の史跡となっている。指定は昭和43年なので今から50年前のことになる。

以下:仙台市教育委員会・仙台市の指定・登録文化財のサイトより引用

遠見塚古墳は仙台平野のほぼ中央部広瀬川北岸に発達した標高約10mの自然堤防上に位置している。仙台市内では最大規模の前方後円墳であり宮城県内においても雷神山古墳に次ぐ大型古墳である。昭和22年(1947)に駐留米軍の霞目飛行場拡張工事により後円部の北側半分が削られさらに仙台バイパスの計画路線に入る等破壊の危機にさらされたが昭和43年に国の史跡に指定され昭和55年には周辺部が追加指定となり史跡公園として整備され恒久的保存が図られた。


昭和50年から昭和57年にかけて古墳の環境整備に伴って発掘調査が行われ後円部から2基の割竹形木棺と副葬品として碧玉管玉(くだたま)ガラス製小玉竹製黒漆塗り竪櫛等が発見された。この古墳に埋葬されたのは当時仙台平野一帯を支配した豪族と考えられ構造や出土品から古墳時代末4世紀末頃に築造されたものと考えられている。


仙台バイパスの側道に車を止め、息子とともに前方後円墳の形状を実感するべく古墳に登ってみた。

Google航空写真で遠見塚古墳の位置を確認して頂きたい。

手前側が方墳、向こう側が円墳である。百十メートルの全長の古墳は仙台では一番大きな古墳であるが威圧感もなく、周囲の景観と溶け込んでいる。特筆すべきは穏やかな二つの丘陵が織り成す調和に上品さと美意識を感ずることである。

方墳に上がって円墳のほう(北西側)を眺めた。付近は閑静な住宅地である。付近の住民には恰好の散策の場となっているようである。

今度は円墳の上から方墳を見下ろしてみた。方角としては南東方向となる。

横町挨拶
1600年前に造られた遠見塚古墳は東北で最大級の古墳・雷神山古墳とほぼ同じ時期に造られたものと推察されます。規模では雷神山古墳に及ばないものの、この地域を支配した王(権力者)が葬られたのは想像に難くございません。時期的には弥生時代が終わってから150前後となります。弥生時代の稲作は民に衣食住の安定をもたらしましたが、同時に稲作から得られた富は権力と密接に結びついて行きました。またこの時期は製鉄技術が大陸からもたらされた頃(3世紀~6世紀)とも重なります。

然らば「葬られた王が畿内地方と密接な関係にあった」という説明書きの趣旨もよく理解できます。鉄は農耕具にもなったし刀などの武器にも使われ、豪族には大変魅力的なものに見えたものと察しております。息子とはそのような会話を交わし、帰路に着きました。ロマンを感じる本日の古墳探訪でしたが、今もその余韻が残っています。その余韻を肴にしながら本日も晩酌を嗜みたい所存です。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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