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Ben Webster-Perdido
ブログを運営していると様々な地域のかたから季節の便りが届く。秋は北国のかたからの小さい秋の便りから、そして春先は南にお住まいのかたからの早春の便りが先駆けになる。今の時期、九州や四国、中国、近畿地方のブロ友様からは早春に相応しい記事を頂戴しているゆえ、私も待ち遠しいものを感じている。そんな気持ちが今日の散策に繋がった次第である。

ここは仙台市北部の空き地であるが明治の頃まで競馬場があったことを知る御仁も少なくなった。然るに、この界隈にも昔から現代に至るまで様々な人間模様が展開されたことだろう。今は人ごとに思えることであるが、自分が死ねばやがて自分も「昔人のよそごと」の一語で片付けられてしまうのだろう。私はそんな取り留めのないことを脳裏に浮かべながら、かつての競馬場跡地を歩いていた。

冬至の頃より格段に強くなった日差しが無意識のうちに私のテンションを高め、足取りを軽くしていた。そのような何気ないことを感謝しなければならないものと自覚出来るに至ったのはつい数年前であり、心の病を克服してからである。私は無神論者であるが、こうした万物への感謝の気持ちだけは失ってはならないと心掛けている。

還暦近い年となれば、無意識のうちに「人生楽しまざればこれ如何」という心境になる。但し、楽しむも楽しまざるも己次第。私は楽しむべき境地をしっかりと構築するのもシニア世代に課せられた課題であると受け止めている。目的もなくただ彷徨い歩いているように見える私であるが心の奥底ではそのことを常に模索し、少しでもその境地に近づけるよう努力しているつもりである。

いつものカフェに到着した。気のせいだろうか?一頃と比べて店の前の植木の葉っぱの緑が少し濃くなった気がした。

マスターと奥様に丁重に挨拶に及び奥の部屋(隠れ家的スペース)に通された。
壁に掲げられたモナリザが私に優しく微笑みかける。

若い時分は何かと気が焦り近くのものばかり見つめ、せっかくの至福の時を享受できなかった。だが今は違う。それは至福の時に押せるストップウォッチを手に入れたからだ。年を取って体力が落ち、皺や白髪が増えたものの己を客観できるようになってきた。その客観視こそがそのストップウォッチの獲得に繋がったと考えている。

こうして今週もさりげない週末を過ごすことが出来た。私は平凡に勝る至福はないと心得る。この平凡を手に入れるために私は一生懸命働き妻子を養う。然るに、今年もつつがなく早春を迎え、こうした何気ないことが掛け替えのないものとして尊く感じられるのである。

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