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2004Royal Wedding Prince Felipe
and princess Letizia of Spain
伊達政宗が派遣した遣欧使節団を率いた支倉常長がスペイン国王フェリペⅢ世と謁見を果たしてから今日で400年が経つ。私はこれを心から祝し友人とともに宮城県石巻市にあるサンファン館を訪ねた。

※レプリカ船を前に感慨を新たにする某

シュミレーションシアターが故障のため、いつも観る映画はホールで上映された。
撮影禁止でないのを確認したゆえ、「夢の果てまでも」(支倉常長の偉業の概要がわかる短編映画)の画像を公開したい。

ちなみにこれら紹介する画像はインターネットではヒットしないものばかりである。
月ノ浦(現石巻市)と思しき場所で伊達政宗の拝謁を受ける支倉常長である。
「イスパニアの王だろうが、ローマ法王だろうが伊達者の名に恥じないよう堂々と振舞うべし。」と殿様から告げられる支倉。尚、左端に控えるのは政宗側近の片倉小十郎景綱である。

自信と威厳に満ち溢れた伊達政宗の表情。奥州王に相応しい貫禄である。
支倉常長の陣中見舞いをする彼の心中には「天下取り」の野望が渦巻いていたに違いない。

侍は主君からの使命が全てである。主君から先陣を言い渡されればこれを己の名誉とし、例え地の果てだろうが、海の彼方だろうが馳せ参じなければならない。支倉の表情にはその決意が溢れている。

月ノ浦を出港したサンファンバウティスタ号は伊達政宗の見果てぬ夢を載せ、真冬の太平洋をひたすら東へと向かった。

3ヶ月の航海を経てメキシコのアカプルコ港に入港した使節団。
スペイン特使であるビスカイノからは「礼砲撃て!」の合図が出された。

メキシコを横断し大西洋を経て、欧州大陸に到達した一行はスペインの陸路をマドリードへと向かった。
※従者を従え、ルイス・ソテロとともに馬車に揺られながらマドリードを目指す支倉常長。

スペインでの宿泊先は各地の教会、修道院である。
※修道院と見られる滞在先でルイス・ソテロと今後の対応を交わす支倉常長。

今から400年前、スペイン国王フェリペⅢ世との謁見を目前にした支倉常長。
侍特有の覚悟と物怖じしない表情が印象的である。

これは現在のスペインマドリード宮殿であるが、四百年前に支倉がフェリペ国王と謁見した往時のものとさほど変わってないものと思われる。

2004年時のプリンスフェリペ。支倉が400年前に謁見したフェリペⅢ世も恐らくこのような威厳に溢れた端正なお姿だったのではないだろうか。

支倉が王立女子女子修道院付属教会(ラス・デスカルサス・レアレス修道院)で洗礼を受けたのは1615年2月17日のことだった。

支倉は600石取りの仙台藩の中級武士であった。その彼が超大国スペインのフェリペ国王と謁見できたこと自体が奇跡と言える。私は改めて400年前の彼が成し得た偉業に大いなる感動を抱き、帰途に着いた。
Spain Anthem
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