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帰って来た木枯し紋次郎
笹沢左保原作「帰って来た木枯し紋次郎」あらすじ
或る事件に関わり、瀕死となった紋次郎は己の命を救った豪商花菱屋友七の手厚い看護を受けて回復に至る。渡世人ゆえ隠まれての生活だった。堅気との関わりを避けてきた紋次郎も命の恩人である友七には特別な恩義を感じたのである。そうこうしているうちに彼は事件に巻き込まれて行く。利害によって生き方を左右される堅気と義理と人情に生きる渡世人は一部に重なる面があってもその根本に於いて生き方が違う。堅気の人間の裏切りに接するに連れ、紋次郎はその念を強めるのであった。渡世人狩りの役人から指名手配を受けた紋次郎を最後に救ったのは皮肉にも堅気の人間ではなく、同じ渡世人の身である病弱な浜蔵という人物であった。浜蔵は紋次郎の身代わりとなって火事の中、燃え盛る火の中に飛び込んで三十数年の短い一生を終えた。同時に浜蔵の死は紋次郎の新しい旅立ちを意味しているのであった。



 読後感想
私は今まで十数作に渡って「木枯し紋次郎」を読んだ。木枯し紋次郎は笹沢左保による創作の中の人物であり、実在した人物ではない。但し私はその紋次郎から多大な影響を受けた。それは上州長脇差と言われる渡世人の精神(①腕っぷし②度胸③反骨精神④礼儀作法)である。これらのどれかが欠けても上州長脇差とは言えない。特に④の礼儀作法のない渡世人は単なる無頼漢と何ら変わりないものである。何を隠そう私はサラリーマンとして窮地に立たされた時、彼の生き様にヒントを見出してそのピンチを凌いで生き残りをはかってきた。私は人との軋轢を厭わない武骨者なれどならず者に非ず。そして何といっても仁義、礼儀作法にこだわるゆえ、彼との類似を見出したのである。但し、どうせ渡世人と言われるなら上州長脇差と言われたいものである。

さて、今回紹介する「帰って来た木枯し紋次郎」は今までの同シリーズとは全く指向を異にするものである。それは紋次郎自身が歳をとり、ならず者に囲まれた際、若い頃のような腕っぷしに頼り、敵を次々に倒すようなシーンが登場しないからである。歳の頃は三十代後半、さしもの紋次郎も往年の勢いはない。既に全盛期のような力は無くなっていたのである。されど数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼の容貌には風格と貫禄、そして凄みが加わっていた。仁義のためならいつ果ててもいいと思う渡世人の心は侍の主君への忠節とも似ている。紋次郎は常に死と隣り合わせである。堅気の人間は利害に捉われがちになるが上州長脇差にあるのは仁義のみである。然るに彼にとって堅気の世界に長く身を置くことはどうしてもならなかったのである。
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