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 William Tell Overture Final 
信念の長脇差を持ち、強かに残り僅かとなったサラリーマン生活を生き残る
明日1月20日は大寒である。きょうは有給休暇を取った。そろそろ年度末が迫ってきた。有給休暇を予定通りに消化するのも仕事のうちである。有給休暇を取るに当たって一切の遠慮もなければ気負いもない。但し私がこの境地に達するまでは多くの右往曲折があった。

出世を目指すもサラリーマン、法の下に労働者の権利を遂行するのもサラリーマン。中途半端は成り立たない。生き残るならどちらかに決めるべし。それは定年近い私がこの年になって実感するポリシーである。

但し、後者を目指すのであればメンタルを鍛えねばならない。『男は外に出れば七人の敵がいる』とは昔から言われてきたことだが、私の経験で言わせてもらうのならば主体性のない者は淘汰されるのがサラリーマン社会である。私はサラリーマンの生き残りの哲学を趣味の歴史(中世史に於ける戦国武将の生き様)からヒントを得ている。

きょうは、もったいぶらずにサラリーマンに於ける生き残りの極意をお伝えしたい。要は相手のペースに飲み込まれないことである。当たり前と思ったことが実は当たり前でない。今は封建時代の世ではない。殿様に仕える家臣の如く己が下座に居ると思えば、いつの間にか相手のいいなりになる。

会社の上司と部下の関係はこのような主従関係とは全く異なるのである。ポイントは組織人として真摯に振る舞いつつ、己の考えが唯我独尊に留まることなく、主張が如何に世論に訴えるものとなっているか、否かが肝要である。実はこれが肝と言っていい。いざという時はこれが大義となって己を救う命綱になるのである。命綱を得れば後は己の信念で突き進むことが勝利への近道である。

時刻はお昼どき、信号待ちの歩道で多くのサラリーマン諸氏とご一緒した。但し、私は堅気のサラリーマンとは全く毛色が違う。堅気であっても上役の顔色を一切覗うことなどなく、上州長脇差の心(①腕②度胸③反骨精神④礼儀作法を全て備えること)を意識してきょうまで強かに生き延びてきた。

今まで何度か長脇差を抜いたことあった。長脇差は単なる飾りでない。私はいざとなればいつでも長脇差を抜く覚悟が出来ている。但し、根底に於いて私は争いを好まない。私は平和主義者であり大平の世を好むのである。

但し、この世は油断禁物、一瞬の油断が命取りに繋がる。私は大義のない長脇差などは成り立たないと心得る。然るに、こうした生き方を貫くには思想哲学を常に意識せねばならない。日頃の地道な修練が己の哲学に繋がり、やがて仁義の長脇差に繋がるのである。

こうして大寒前のきょうは何事もなく過ぎて行った。あと僅かとなったサラリーマン生活だが、長脇差は抜かないに越したことはない。否、私は長脇差など持ちたくないのである。
私はいつしか長脇差を捨てる日が来るのを念じている。私はそんな思いを胸に思いつつ、真冬の好日となった仙台市街に別れを告げた。
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