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 作家佐伯一麦氏魅力に迫る講座
世に作家を名乗る御仁は多い。しかしながらその中で成功をおさめるのはほんのひと握りである。私も作家の端くれゆえ、常日頃からそれを模索している。それには意固地にならず心を開くことと踏まえている。例え、年下であっても吸収すべきものがあれば、プライドや先入観などの類はかなぐり捨て、これを素直に受け止めることが肝要と心得ている。

何を隠そう、私がこのような考えを持つようになったきっかけはみちのく春秋の編集者である井上康氏との出会いであった。東北各地を取材で飛び回る同氏からは教養講座の誘いを含め、多くの刺激を受けている。昨日、私が出席した講座も彼からもたらされたもので、これを言い換えるなら、知ること、そして感動することの連鎖(知への回廊)の喜びである。

会場となったのは前回の星亮一の講座「奥羽越列藩同盟 東北政権樹立の理想と挫折、そして今」が開かれた東北学院大学である。昨日の開講は18時ゆえ、私は会社から半日休暇をとって出席に及んだ。

本講座は東北学院大学地域共生推進機構主催の「震災と文学」シリーズの一環である。今回は第三回、講師は作家の佐伯一麦氏である。

佐伯一麦(以下Wikipediaより引用)
1959年宮城県仙台市に生まれ。仙台第一高等学校卒業後に上京し、週刊誌記者や電気工など様々な職業を経験する。84年、『木を接ぐ』により作家デビューし電工と作家活動とを両立させる。90年、電工時代の経験をもとに作品集『ショート・サーキット』を書く。

翌91年、『ア・ルース・ボーイ』で若くして父親になってしまう青年を描く。その後、草木染め作家の神田美穂と結婚し、数年の首都圏生活を経て、故郷仙台へ凱旋する。
97年、『遠き山に日は落ちて』で東北の町での妻との生活を描く。同年より、妻の留学に付き添いノルウェーに年間滞在する。2000年、この経験を元に『ノルゲNorge』を書く。

電工をしていた二十代にアスベストの被害で肋膜炎にかかり、以後、喘息の持病を抱えながら執筆を行なっている。07年にはアスベストの被害を追ったルポルタージュ『石の肺』を刊行する。4年前からは大佛次郎賞と野間文芸賞の選考委員を務める。

前回の星亮一氏の歴史講座はどちらかと言えば男性の年輩者が多かったが、昨日は女性も多く受講されていた。また年齢層も様々で佐伯一麦氏の幅広い層からの人気を感じた。

佐伯氏の得意は私小説、エッセイである。初対面ゆえ、彼はどんな人物か気になったが気さくながら折り目の正しい姿勢に好印象を覚えた。彼は私小説作家として必要な要素(旺盛な好奇心がもたらすフットワーク、広い分野に及ぶ知識、豊富な表現力、一般常識、民衆の心を捉え得るさりげないエスプリ)を多く満たしている。その高度なバランスが彼の人気の一環となっているのは間違いないと感じた。

この日の講座の話題は彼が取材で回った日本各地の水辺のこと(北上川流域の芦原、渡良瀬遊水地の昨今、青函連絡船洞爺丸遭難事故、阿蘇山からの湧き水…)に留まらず、海外の水辺(ノルウェーの川、ライン川の昨今の治水事情、ソウルの都心を流れる川の昨今の姿)にも及んだ。

作家にとってこうした探究心、向学心は命とも言えるもので、彼の真摯な姿勢には大いに感銘を深めた。

会場で彼のエッセイ集「月を見あげて」を購入した。私は歴史ものの他にエッセイも書きたいと思っている。従って、多くの先人からいろいろなものを学ぶとともにモチベーションを得なければならない。

彼は私よりも年下であるが多くのものを持っている。私は今までは年下の人物の書く著物には目が及ばなかったが、好人物の彼と出会い、人物の尊敬には年上も年下もないという心構えを一層強くした昨日の受講であった。

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