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 石巻の栄華を後世に伝える画家
先ずはこのインターネットから取り出した写真をご覧頂きたい。昭和三十年代と見られる宮城県石巻市の趣である。遠洋漁業で賑わう港には大型漁船が所狭しと繋留されている。私も小学生のころは図工の時間スケッチでこの繋留された船を描いたものであった。

400年前、伊達政宗の先見による大土木事業が大河、北上川を石巻に注がせ、以前はただの湿地帯だった付近の平野を豊かな稲作地帯へと一変させ、河口においては石巻を東北随一の大漁港へと発展させたのである。

震災後の石巻、ほぼ同じ地点からのアングルであるが、改めて津波の被害が如何に甚大であるかが理解できる画像である。不毛の地と化した中瀬(中洲の島)、石巻人としては見るに堪えない写真である。

路上で石巻の建物をスケッチする画家、浅井元義氏、1984年の写真である。

浅井氏の略歴をご覧頂きたい。教職に着きながらのひたむきな芸術活動。そして数え切れないほどの入選は郷里石巻の誇りである。

実は震災時に北上川河口の石巻文化センターに飾ってあった彼の作品は津波の被害でこのような状態に陥った経緯があった。しかしながら宮城県美術館に持ち込んでの復旧作業でこの都度、見事に復活を遂げるに至ったのである。この場を借りてこの地道極まる作業に携わったかたに、厚く御礼申し上げる次第である。

読者の皆様には、著作権があるゆえ全てはお見せできないが、今回は「浅井元義スケッチ展」のパンフレットの一部について紹介したい。

これは石巻旧駅舎である。私の幼い時、既にこの駅舎はあったが父母、祖父母、叔父、叔母に到る親族がこの駅舎を利用したと考えると非常に感慨深いものがある。

      ※石巻停車場

これは私の実家の近くにあった美髪店である。82年前の建築時、オーナーがわざわざ東京まで行って参考にしたといういわくつきの建物である。まさに活気あふれる港町に相応しいモダンな昭和初期の建物である。

     ※住吉町美髪店

蔵を改造したような薬屋である。

これは和田横丁という路地である。昭和中期、街中の横丁という横丁は例外なく活気に満ちていた記憶があるが、この横丁も例外ではない。

実は私の直系の先祖をたどると「和田」という苗字に突き当たる。この町名が私の先祖と何らかの関係があるのか?興味深いものがある。

ここで、湊側(市街地東側)から見た中瀬と市街地の写真をご覧頂きたい。昭和中期(戦後)のものと思われる。

待合とは?一体なんなのか…

「待合」とは客と芸妓の遊興(宿泊)施設である。港町であればこのような施設はつきものとも言えるものである。ここで見逃せないものがある。それは文豪、徳田秋声の「縮図」(私の過去の記事で紹介済み)という作品はこの「千登里」という店がその舞台となったということである。

      ※徳田秋声(1871~1943)

今回のスケッチ展は石巻のみでなく、気仙沼にも範囲を広げている。これは気仙沼市内の木造3階建ての割烹である。

このスケッチ展は11月30日まで仙台市青葉区五橋1-1-23(TEL022-264-6543
)のカメイ美術館で開催されている。
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