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忠臣蔵ー赤穂浪士

私は以前から或ることで武士のような強い気持ちを持ち、これを自分の生き方とすることを数年前から取り入れてきた。この中にはむろん特定の武士への成りきりも含まれる。これを奇異に感ずるかたも少なくないことだろう。

ここで武士道について申し上げる。武士たる者はただ単に強い気持ちがあればいいというものではない。その根底には儒教の教えに基づく礼節、忠節、仁義がなければならない。これらが合わさってこそ初めて武士道と言えるのである。

侍の生き方を少しでも知り、自分の中に取り込みたい。私はこういう見地から最近、行きつけの図書館で様々な大河ドラマの総集編ビデオを鑑賞している。昨日も午後から足を運んで鑑賞に及んだ。今傾注しているのは忠臣蔵ー赤穂浪士である。

赤穂浪士47士討ち入りまでの粗筋
・1701(元禄14年3月)主君浅野長矩が松の廊下で刃傷沙汰を起こす。
・即日、浅野内匠頭が切腹。
・その後浅野家はお家断絶となる。
・1702(元禄1512月)赤穂浪士、吉良邸討ち入り。
・1703(元禄16)大石内蔵助を始め47士が切腹。

このビデオは忠臣蔵ー赤穂浪士を描いた1982年放映「峠の群像」である。

原作は堺屋太一。

主役、大石内蔵助役に緒形拳。

これは有名な江戸城での刀傷沙汰シーンである。左:浅野内匠頭、右:吉良上野介
浅野内匠頭が吉良に名誉を汚されたというより、彼の堪え性のなさがこの刀傷事件に繋がったと捉える向きも多いようである。

事件のあった江戸城松の廊下。

吉良上野介を斬りつけ、幕府家臣に取り押さえられる浅野内匠頭。

浅野内匠頭に斬られ怪我を負った吉良上野介。

3月14日即日、将軍から切腹を命じられた浅野内匠頭。

この総集編ビデオは全巻で3編から構成される。今回は上編だったので次回の中編が楽しみである。忠臣蔵ー赤穂浪士」に興味を抱いたかたはYOU TUBEで「その時歴史が動いた」版で4編に渡って鑑賞されることをお勧めする。

それがしの今宵の晩酌は言うまでもなく清酒「くらのすけ」である。この武骨そのものと言えるアバターをご覧頂きたい。武者たる者軽率に非ず。そして大義に命を賭ける。それがしも是非こうありたい。
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