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 JohnColtrane - While My Lady Sleeps 

精神が高揚した後、無性に落ち着きたくなることがある。信じられないことかも知れないが、心の病が完治した後、テンションを自分の意志で自由自在に上げ下できるようになったのだ。これはけしてネガティブなものではない。かと言って人から客観的にポジティブか?と聞かれたら自信はないと答えるだろう。

多くの場合に於いて、自分の主観と他人の主観が異なるように、自分の主観と客観が一致するだろうなどと考えるのは自分に対しての認識が甘いからではないだろうか?これが高じれば唯我独尊に成りかねない。しかるに昨今の自分のとった行動を考え、過ちはなかったのか?行き過ぎはなかったのか?と考えることがある。

こんな時には喧騒や雑念から逃れ、落ち着いた場所に身を置かねばならない。所謂瞑想である。郊外の長閑な田園や川べりの散策も悪くはないが、たまには出入りのカフェで落ち着いた音楽でも聴くのもいいだろう。このようなことを考えながら私は若かりしころ、自分が施工に携わった仙台市市街地の或るビルの前を歩いていた。

目的は仕事の依頼人から、自分の創作した初仕事である歴史エッセイの掲載されているパンフレットの完成品を受け取るためである。少し大げさかも知れないがデビュー作と言えるのかも知れない。

依頼人からパンフレットを受け取った後、私はさほど遠くない出入りのCafeに向かった。お馴染みのCafeモン・サン・ルーである。

古びた木製の椅子と植木はシックな雰囲気の玄関にマッチしている。

私の他には先客が二名いたのみ。後は落ち着いたジャズがあればいい。瞑想にはうってつけの環境である。

先ずは受け取ったパンフレットを見てみた。自分が作った作品がこうして活字になるのは嬉しいことである。

原稿用紙で3枚程度の短めのエッセイである。

瞑想にふけりつつ、昨今の自分の行動を鏡に映してみた。既にダイスは投じられたのだ。後は己の天命に任せるのみである。

来月20日発行のみちのく春秋(自作歴史小説が掲載される予定)へ想いを馳せる。こうした中でのティータイムは至福のひと時であった。
※※※
こうして時間はゆっくりと過ぎていった。ハイビスカスティーの香りに癒された私は仕事の依頼人との中を取り持ってくれたCafeのマスターと奥様に厚く御礼を述べ、店にパンフレットを一部置いてきた。

Cafeの奥様の勧めで近くの神社によってみた。彼女はあそこの神社はご利益がありますよと言う。無神論者の私だが、この日ばかりはその神社に行ってみよういう気になった。いいか、悪いかはわからないが何か、公私に於いて自分の中での大きな流れが変わるような予感がしたのである。私は社殿の前に立つと、脱帽して深々と頭を下げた。

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