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 Ultraseven Theme Song~orchestral version 
リンク曲について
ウルトラセブンの’セブン’を意識したがゆえの午後7時の記事UPである。自分にとっての水曜日は週の中休みであり、ハーフタイムでもある。入ったばかりの会社に対して「水曜日を休ませて欲しい」というのは勇気の要ることだが、セカンドライフを歩む自分には駄目元であり、当たって砕けろという開き直りもあった。駆け引きと言えば聞こえが良くないが、冷静に考えれば労使は対等である。然らば主張するべきことはきちんと主張する。これがファイターを自認する自分の偽らざる気持ちであり、貫くべき方針であった。

幸いにも私の主張は無事に通って、水曜日が週の中休みとなった。これが今の自分に大きなモチベーションをもたらしている。やはり人生は他力本願であってはならない。人生は自分が切り拓かねばならないものなのである。これは尊敬して止まない仙台藩祖・伊達政宗公の生き様から学んだ己の哲学でもある。

本日リンクしたウルトラセブンのテーマソングに「ファイターセブン」という言葉が登場する。爽快極まるメロディーの他に本日の私が反応した言葉がこの言葉である。自分の中でのファイターの定義は「相討ちを厭わない」ことである。現役時代にブログで知り合った或る御仁は、私の相討ちを厭わないスタンスを見て「貴方の生き方は危うい」と語った。

この時私はその言葉に抗い、意地でも定年退職を果たすという強い決意が湧いた。それはその言葉を発した知人を意地でも見返すことを心に誓ったからである。ファイターを自認する私でも全く勝ち目のない戦は起こさない。少なくても4割の勝算がないと打ってでないよう心掛けている。4割なら勝利に不足な残りの分は精神力でカバーできると踏んでいるからである。

プレッシャーは考えようによっては追い風となる。自分にとっての数少ない取り得が「相討ちを厭わないスタンス」である。ゆえに自分は常にアグレッシブに前に出れるものと解釈している。
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記事の本筋から逸れるが、この画像は数日前の帰宅時に撮影した仙台市の目抜き通り・一番町(今の自分の朝夕の通勤路)である。5時半を過ぎたばかりだが、夜空にビル群の明かりが浮かび上がっている。当時まで1ヶ月半ほどとなったことを思えば少しも不思議でない趣である。

ところで論語の「怪力乱神」を語らずを座右の銘とする私が発した「ファイター」と言う言葉に対して、違和感を感じるかたも居られると察している。本日はこれを儒教の一角を為す「中庸」の一節を借りてお答えしたい。

中庸の徳とは本来『大きく偏らない考えや判断に宿っている徳』という意味であるが、差し障りのない姿勢(風見鶏的な振る舞い)を指しているわけではないと言う。中庸の“中”は『偏らないこと』、“庸”は『普通・凡庸であること』を意味するが、儒教の倫理規範の最高概念である中庸には『その場における最善の選択をする』という意味があるというのである。

これが水曜日を休みとしてもらいたいと語った時の自分の意図である。自分にとっての最善の選択こそが「労使は対等であることの主張」であり、この時の当たって砕けろというスタンスの表明(ファイターとして取るべき姿勢)であった。これはもちろん現役時代に幾度の修羅場を経て修得した己の人生訓の成果である。
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横町挨拶
正直に申し上げましょう。本日の記事の後半は酒と音楽の力を借りて書いたものです。(但し最初は素面でした)読者様、ブロ友様に於かれましては、いつもよりかなりハイテンションな内容となったことにお気づきのかたも居られるものと察しております。但しこれだけは申し上げたい。「自分はけして嘘、偽りを申し上げたのではない。本音を申し上げたまでのことである」と。自分の中での「ファイター」は消して死語になっておりません。更に言い換えれば「自分はけして従順な飼い犬や羊にはならない」ということです。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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