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Big Country. Where the Rose is Sown
  エッセイ「人生の大きな転機を迎えて  
Big Contryのボーカルを務めた彼は惜しまれつつ43歳でこの世を去った。短い生涯だった。だが彼は太く生きた。人生は長い短いでない。人の一生はその生き方が濃密か否かで決まるのだ。如何に人に影響を与えるかどうか、彼はそのことに全神経を注いでいた。だからこんな曲が出来たのだ。例え寿命を縮めようがそんなことはどうでもいい。多くの先人が残した足跡が物語るように芸術は寿命を削ってこそ造られると言ってもいい過ぎでない。この時とばかりに沈黙していた誇り高き英国人魂が炸裂する。今でもこの曲は人に夢と希望と勇気を与える。彼はこの曲とともに今でも多くの人々の心の中に生きているのだ。

そんな私が死を意識したのは9年前のことだった。死を意識すると多くの死神が訪れ、私をそそのかした。「もう悩まなくてもいいよ。死んだら楽になるよ」と。彼らは明け方に決まって私を誘惑した。それは今でも鮮明に覚えている。そんな時に頼りになったのはこの地から1000キロ以上も離れたところに暮らす家族の笑顔だった。この笑顔に接するまでは絶対に世を去れない。私にとってその思いだけが全てであり、唯一の救いであった。こうして私はすがるような気持ちで全てを捨てて精神病院に駆けこんだ。医者からは「きょうここに来て頂いて本当に良かった。さもないとあなたは命を失うところでした。」と言われた。それから回復に至るまでが大変だった。多くの人が色眼鏡で私のことを見たからだ。毎日が針のむしろに座る思いであった。

2年半の間私はもがき苦しんだ。土日は朝から晩まで寝て過ごすしかなかった。この気持ちは経験者にしかわからないものである。自分の心と行動は全く裏腹なものだった。怠惰な己が勝手に心の中に巣を作り、何度振り払おうとしても一行に離れないのだ。そうこうしているうちに私は多くの人の好奇の目にさらされ、誤解の渦の中に巻き込まれていった。「あいつはやる気がないだけだ。能力がないだけだ…」彼らは口々に罵った。私はこれに閉口したが、当時は己の実情を弁解する気持ちさえ湧き得なかったのである。

そんな私に突如としての前に広々とした大平原が開けたのは発病から2年が過ぎた2007年の12月のことだった。以前から尊敬する伊達政宗公の番組(NHKその時歴史が動いた「伊達政宗「ヨーロッパに賭けた夢」を何度も繰り返し見た時、突如として潜在していた何かが自分の中に立ち上がったのだ。その時こう心に誓った。「俺は伊達者である。今死んだら先祖に申し訳が立たない。死ぬ前に成すべきことがある。それを成し遂げるまでは絶対に死ねない。」と。

こうして自分は再びこの世に生かされた。正直言って侮った奴らを見返してやりたい気分である。彼らはそんな俺を目前にして大いに戸惑っていることだろう。そして彼らは戸惑いつつ俺にこう述べるだろう。「お前はもう終わった人間でなかったのか?」と。だが俺はけして終わってない。幸いなことに俺は相撲で言うところの得俵に足が掛かったのだ。あとは彼らをうっちゃるだけである。最後に逆転し奴らを見返してやるのだ。既に彼らの重心は俺の重心の上に載っているのだ。だから今宵の俺に迷いはない。彼らの運命は既に俺の手中のなかにあるのだ!
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