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 ABBA OurLast Summer
  エッセイ「夏の終わりに」
 年齢とともに夏の終わりに対しての思いが変わってきたように思える。未熟だった青春時代の夏の終わりは悲壮感さえ感じた。でも今は違う。やがて訪れる実りの秋が待ち遠しいからだ。

 けして夏だけがピークでない。どの季節がピークと捉えるも各々の主観次第である。主観とは己が不動であってこそ、初めて主観と言えるのだ。不動でない主観は単なる思い込みに過ぎないのだ

 若い時の私は自信がなく主観がぶれていた。若い頃の私は夏の終わりを青春の終わりと同義に考えていた。夏の終わりが実りの秋の始まりという思慮がなかったのだ。歳を重ねて今、ようやく主観から客観の域に達した。私は今年の夏の終わりを謳歌したい。夏の余韻を惜しみながら、実りの秋への想いを寄せるのだ。


 若い頃を懐かしむのもけして悪くないが、昨今視野が広がった分、今までやり過ごしていたものに対し新たな価値を見出す。それは自然の美しさであったり、人と人との掛け替えのない繋がりだったり、先人の残した文化への畏敬であったりする。こうした気持ちが夏の終わりを慈しみ、美しい思い出へと導くのだ。

 万物にとって終わりこそが始まりである。私はそれに気づくのに少し時間が掛かったのかも知れない。だがけして後悔はしていない。私はこれに気付いた時こそ真の青春の真っ只中と心得る。青春時代を決めるのはけして年齢でない。青春時代は各々の身上の中に託され、やがて来るであろう出番を待っているものなのだ。
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