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 十年ぶりの息子との心の触れ合い
今日から盆の九連休に入った。実は私には数年来の心配事があった。それは息子との関係である。2005年秋に転勤が決まった私は或る事情により精神的な不調に陥ってしまったのである。大変不本意ながらその後の息子との関係は以前のものとまったく違ったものになってしまった。

彼の身上を思えば無理もないことなのかも知れない。だがこのことが私の人生に陰を落とすものとなったことを否めないのである。私は彼を自分の分身であり親父の生まれ変わりと信じていた。それがこのことを一層深刻なものにしていた。彼とは実に十年ぶりに訪れた故郷石巻の墓参りとなった。

※盛り土によって風情が変わった北上川河口のビュー

息子は少年から青年へと成長した。私も過去の自分と決別したつもりである。しかし焦ってはことを仕損じる。私はきょうのような日が来るのをずっと待ちわび、逸る心に封印をしていたのだ。

北上川河口に出来た中州「中瀬」。一時は地盤沈下によりどうなることかと案じていたがこのように土木工事が始まるに至った。

二人で「袖の渡し」を訪れた。ここは尊敬する作家志賀直哉が幼少のころ訪れた場所である。同時に私の親父も叔父も叔母もよく来た場所であったはずである。家に拘るのは古い考えとはわかっていながらも、息子とこのような話題に及ぶのは祖父母から受けた恩愛あってのことである。

袖の渡し
宮城県石巻市住吉町に現存する北上川の渡船場の遺址。源義経が藤原秀衡を頼って平泉へ行く途中、ここの渡し船に乗り船賃がなく着衣の片袖を切って船頭に与えたという伝説がある。

画像中央の小さな岩が石巻の語源となった巻石である。彼にはもちろんこの巻石の話をした。それは親子の関係を脱皮した男同士の会話である。

巻石
石巻市の地名の由来になったという伝説を持つ岩。石巻市の北上川の河口より二番目にある内海橋から500メートルほど上流側にさかのぼった川岸近くにある。江戸時代港が整備されず、このあたりがまだ自然の入り江だったころ、波がこの石を洗って、周囲に渦を巻いたのが名前の由来と言われる。 

ゆかりの地を廻った後は腹ごしらえである。石巻はかつて遠洋漁業の港で盛況を見た土地柄である。
震災後に開店した「プロショップまるか」は気軽に海の幸を味わわせてくれるショップである。

先祖供養の後は現世に生かされている自分への感謝を実感する時間である。
男同士でけして多言に至ることはない。男同士の付き合いは心が通っただけで十分だからである。

私にとってきょうは特別の日になった。帰宅後さっそく祝いの酒に及んだ。男同士で彼と酒が酌み交わせる日は間近である。今宵はその日を信じて美酒に酔いたい。
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