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石巻かほく(河北新報姉妹紙)という地方新聞がある。毎週日曜日の第一面を飾っているのがジョージ・バトラー氏(米国軍医・1911~1974)が昭和26年(1951年)に撮影した石巻(私の故郷)の写真である。本日は最寄の河北新報販売店を訪ね、5月からのものを揃えた。9月30日に掲載されたのがこの記事である。(約1MBの画質なので拡大すると記事が全て読めます)新田町は私の生家の横町と隣町で、住吉小学校在籍時は同級生(家は商売を営んでいる人が多かった)が二、三名住んでいた地区である。

カラー写真が普及していなかった昭和26年、アメリカには既にカラー写真があった。この写真を解説している人物は石巻千石船の会会長の辺見清二氏である。辺見氏によると馬と馬車は汲み取り時のものであると言う。正面は住吉神社(大島神社方向)、背後の山は牧山とのことである。中央やや左のちびまる子ちゃんのような女の子
に注目(笑)何とも長閑な風情である。

今昔マップで往時の地図を調べてみた。撮影方向を→で地図に落とし込んでみた。横町の私の生家は黄色で表示した。

昭和26年(1951年)に撮影された地点から五六十メートル東で撮影されたのがこの写真である。撮影された年代は昭和55年(1980年)頃とされる。(NEWSかほく 石巻メディア 猫の目より引用)正面に見えるタワーは住吉望楼(通称:住吉タワー・1960年~1986年に存在)である。道路はアスファルトで舗装され、交通手段は馬から車へと変わった。たった30年足らずの間にこのように変貌したとは驚くものがある。

これは震災後に撮影された新田町である。青い案内標識の左脇には「横街ビル」(グレーの建物)が建っている。往時の横町の名残を現在に残すたった一つの建物が横街ビルである。

Google3D立体画像で位置関係を確認して頂きたい。

以前も掲載したがこの写真は私の生家前と思われる箇所のものである。(根拠:道幅、光の当たり具合、喫茶と菓子という旗…)ジョージ・バトラー氏の写真が掲載されているサイトhttps://www.miyagi1951.com/ishinomaki1/には、撮影地点の情報を待っているという辺見氏の記載があったので、明日にでもメールしたいと考えている。

横町挨拶
上の写真が生家前のものなのか?それとも異なるのか?これははっきり言ってどきどきするものです。もし横町ならば、自分の祖父母が毎日見ていたものを六十数年を経た今、自分が見ることになるからです。自分としては是非そうあって欲しいと受け止めております。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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