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   エッセイ「夏至の日」
若年の頃は目先のことだけ考えて生きていた。俗に言えば煩悩にまみれて生きていた。従って季節の候にもさほど関心がなく「夏至」というものについて深くも考えもしなかったし、考えようとも思わなかった。

しかしながら長い年月は時勢とともに人を変えゆくものである。現実主義的なものの考え方はさほど昔とさほど変わっていないが、昨今はこれに情の入る度合いが相当増してきたように思えるのである。

きょうは夏至である。きょうを境に日が少しずつ短くなり、寒い冬に向かっていく。こう思うとやや気が重いものを感ぜずに居られないのだが、昨今は世の無常とはこのようなものを指すのだと解釈することにしている。

己の人生であと何回夏至の日を迎えることが出来るのだろう?私はそのような取りとめもないことを脳裏に浮かべながらいつもの公園へと向った。


時刻は3時半を過ぎたばかり。白むにはやや早いものの、気の早いホトトギスはさえずりを始めている。気まぐれなその鳴き声は数分続いたかと思えば鳴き止み、朝とも夜ともつかない静粛の世界に再び戻される。

あっという間に天空の色がダークグレイからライトグレイに変わってきた。どうやら好天とは言えないもののきょうの夏至の日、散策には支障のない天候が約束されたようである。私は公園に佇み、半袖の二の腕に薫風そよぐ頃の心地よさを感じた。

きょうの夏至の日を楽しまずして何を楽しもう。夏至は単なる通過点であり、やがて暑い夏が来る。そしてその暑さを実感し、克服し受け入れた際は実りの秋を迎える。

体力のピークは25歳頃と言われるが、人生のピーク(壮年の自覚)はまったく別である。人生の円熟は秋の実りの如し。夏至や猛暑に見舞われる盛夏を過ぎたころになってようやく訪れるものなのではないだろうか。

散歩を済ませた私は家に戻り、きょうの出来事を思い浮かべた。
『さあ、きょうはどこに出かけよう?』気がつくといつの間にか一番星が消えゆき、東の空には日が昇っていた。
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