エッセイ「私が尊敬するファイター」
エッセイ「私が尊敬するファイター」
子供のころからテレビでプロボクシングの試合を良く観た。日本人は体格的に恵まれないので軽量級(希に中量級)の試合が圧倒的に多かった。古くはファイティング原田、柴田国明、、ロイヤル小林らの試合を良く観た。しかしウエイトは重くても50キロ台のクラスがほとんどだった。
そんな中で初めてヘビー級の試合をテレビで観たのはモハメド・アリVSジョージ・フォアマンだったと記憶している。驚いたのはボディーブローを見舞っただけで「ボスン」という、まるでサンドバッグでも叩くような重たい音がすることであった。テレビでもこの迫力だから実物はさぞかし迫力があるのだろうと思った。言うまでもなくヘビー級ともなれば一発当たっただけで相手を倒す破壊力を秘めている。
特にジョージ・フォアマンの殺人パンチはスピードといい、破壊力といい戦慄を感ずるほど、軽量級とはまったく異なる強烈なインパクトを受けた。しかしこのようなヘビー級の試合はたまにしか行われなかった。それと体格的に恵まれない日本人の出る幕でなかった。従ってヘビー級は別格という印象が強かった。
それだけに日本人が登場する中量級(ジュニアミドル級)の試合を観た時は刺激的だった。その日本人とは「炎の男」と呼ばれた輪島功一である。このクラスは約70キロ(69.8キロ)のウエイトで外国人の層が非常に厚かった。それにも関わらず輪島功一はチャンピオンになった。彼のボクシングはトリッキーとも言える変則的なボクシングで、決してきれいなものではなかったが、汗と泥にまみれながら相手ともみ合い、強烈なフック系のパンチで仕留める試合が多かったと記憶している。オリベイラ、ドノバン…、このあと彼は手ごわい挑戦者を次々とリングに沈め、名声を高めていった。
そんな輪島功一の前に忽然と立ちはだかった一人のボクサーが居た。メキシコ系アメリカ人のオスカー・ショットガン・アルバラードである。この選手は典型的なファイタータイプ(接近戦による打ち合いを信条とするボクシング)のボクサーだった。そして持ち味とも言える飛び抜けた気の強さ(打たれてもひるまずに打ち返し、相打ちを厭わないスタンス)は輪島といい勝負だった。特に体脂肪のほとんどない70キロの鍛え抜かれた肉体から繰り出されるフックやアッパーカットは威力十分で文字通り、至近距離から放たれるショットガン並みの強烈な破壊力があった。
またショットガン・アルバラードは打たれ強く、スタミナもあったのでさしもの輪島もたじたじとなった。何度目かのこの日の試合はお互いのプライドをかけての死闘となった。気迫がこもった両者のファイティングスタイルから、ファンは『きっと、どちらかが倒されるだろう』と思い、目が離せない激闘となった。その様はまるで野武士同士の真剣の果し合いをも彷彿させた。
一度もKOされたことのない輪島功一は生まれて初めて顔面にショットガンの強打を浴び、瞼がまるでお岩さんのように腫れ上がった。輪島も気迫では負けていなかったがショットガンのスピードと強打がこれを上回り、遂に輪島は倒され、王者を奪われた。
とどめを刺され、壮絶とも言える輪島がリングに沈んだシーンに場内はもとより日本中が静まり返った。日本人ボクサーが外国人ボクサーに倒される。しかしここは神聖かつ公平極まるリングであり、弱肉強食の世界ゆえ仕方のないことだろう。
この試合(リンクしたYOU TUBE動画と記事との一致を見ないことをお許しください)は下馬評を覆したショットガン・アルバラードの完勝であった。それ以来、私はこの男の熱烈なファンになった。彼のボクシングも輪島にやや似て泥臭かった。しかしそこには観るものを魅了する武術の奥義「肉を切らせて骨を取る」ような凄みがあった。格闘家にはこのような非情とも言えるハングリーさ、侍のような気丈さが漂っていなければならない。
メスティーソ(中南米大陸の混血)特有の浅黒く彫りの深い顔、頬がこけ口髭を生やした精悍な彼がリングに上がって誇らしげにアメリカ国歌を聴く姿勢は今でもはっきりと覚えている。そして今の私のファイティングスピリッツこそ、彼がもたらした財産である。
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