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七代に渡って宮城県南部に栄華を誇った商家を訪ねる

※本日仕事につき、日時指定投稿
きょうは丸森シリーズの最終回としてある豪商の旧家を紹介する。去る5月4日のことである。バイク仲間とともに斎理屋敷を訪れたのは11時半前と記憶している。

以下丸森町HPより引用。齋理屋敷は、江戸時代から昭和にかけて七代続いた豪商、齋藤家の屋敷です。代々の当主が齋藤理助を名乗ったことから齋理と呼ばれるようになりました。呉服・太物の商いから、養蚕、味噌醤油の醸造など幅広い商売を手がけて栄えましたが、第二次大戦後に店を閉じました。昭和61年、屋敷と蔵が収蔵品を含めてそっくり町に寄贈されたことから、膨大な収蔵品を調査・整備して、昭和63年、蔵の郷土館として開館しました。蔵と屋敷に、豪商の暮しぶりを物語る豪華な調度品や、商売の道具など様々な品を展示しています。

間口が20メートル近くあろうか?これだけでも豪商の雰囲気が十分感じられる。

航空写真をご覧頂きたい。丸森の市街地よりはやや外れてはいるものの国道沿いの大動脈に沿って存在し、立地には申し分ない地の利とお見受けした。

入り口には立派な看板が掲げられていた。如何にも豪商という趣がある。

斎理屋敷の配置図をご覧頂きたい。それにしても棟の数が多い。住居が南向きに建っているのも大きなアドバンテージである。

風呂は外風呂であるがご覧の通り石で造られている。如何にも豪商の風呂という感じがするが、冬はやや寒かったのではないだろうか?

嫁専用の離れの間のは18金の急須と金箔を施された蛤型の菓子入れが展示されていた。有り余る経済力をこうした趣味(コレクション的な要素が強い)に向けたのでないだろうか。

嫁専用の離れには陶磁器やガラス工芸のコレクションも展示されていた。

このように特注した陶磁器も結構多かったようである。

これは本屋に飾られていた面のコレクションである。

これは仏像のコレクションである。心の平穏を求める同家のかたがたのお気持ちがよく伝わるものである。

一斗樽を背に大きな盃で酒を飲む。これはダンポ(旦那)の酒豪ぶりを伝える豪快極まる飲み方である。

なんと六代目のダンポのあまりの酒の強さに誰も付き合い切れなかったという逸話がこうして残されていた。

女中さんはたいした仕事もなく、こうしてうちわで扇ぐだけの係があったとはこれまた凄い!ダンポの豪快なお人柄とこれを尊敬し慕う人々が人形の表情にも表れており、なにか微笑ましいものを感じるシーンであった。

斎理屋敷にはこのようなモダンな洋館もあった。これだけでも一つの記事になりそうだが、誌面の関係上今回は留める。
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