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五月晴れの好日宮城県の秘境をバイクで行く
きょうは文句なしの好天に恵まれた。こんな日はバイクに乗り自分の身と心を非日常の世界に置きたい。そんな思いに駆られた某が本日訪れたのは秘境と言われる宮城県最南端の丸森町である。亘理町のある会社の倉庫前の某は二度目の訪問とは言え、ある種の興奮(体内から湧き出ようとするアドレナリン)を抑えてのライディングを強いられるものと相成った。

こういう日のライダーは戒めの意味合いも含んでプロテクターによる防御を固めねばならない。これは決戦を前にした武士の出陣と同じである。このような事情もあり、この日の某はモトクロス用のブレストガードを装着してライディングに臨んだ。

『攻撃は最大の防御なり』という言葉があるが、防御を固めれば腰がしっかりと据わってくるのでそうすることで己を一層客観視することが可能になるのだ。『少々のアクシデントでは某は死なない。』この余裕が周囲の四輪ドライバーが一体どんなことを考えているのかを某に教えてくれつつ、ひいては冷静で的確なマシン操作をもたらしてくれるのだ。

きょうのパートナーを紹介する。おなじみのとっちゃん(前)とDトラッカーさんである。読者諸兄に於かれてはきょうの記事はダイジェスト版として見て頂ければ幸いである。

仙台から南へおよそ一時間、ここは丸森町小斎というところである。実はここは16世紀後半に伊達と隣国の相馬が領地拡幅を巡ってつばぜり合いを演じた地区である。ここには伊達藩によって小斎城という山城が築かれたのだが、この記事だけで相当のスペースを占領してしまうゆえ、きょうは掲載しない。次回更新時の掲載になるのをあらかじめご了承頂きたい。

県境(黒線)とルート(赤線)を地図で確認して頂きたい。如何に丸森町が辺境の地であるかがわかって頂けると思う。
黄色○:小斎城跡、オレンジ○:斎理屋敷、赤○:筆甫部落

ここは佐藤家住宅という侍屋敷があった場所で小斎城の麓にあたる部分である。恐らく相馬との攻防を見越した伊達政宗が派遣した家臣と思われる。

小斎を離れて十数分、ここは丸森の街中に居を構えた「斎理屋敷」である。

お昼は斎理屋敷のすぐ近くの食堂で「提灯定食」をオーダーした。バイクライディングはどうしても空腹に陥りがちなのでついつい大食いになりがちである。しかしこれはこれでカロリーを消費するのでけして不健康とは言えないと心得る。

とっちゃんとは斎理屋敷で別れ、筆甫に向かう途中、町内のガソリンスタンドで給油をした。

舗装した山道を走ること15分、国民宿舎「あぶくま荘」に着いた。

落ち着いた雰囲気のあぶくま荘のレストラン。地理的な条件もあり、滅多に来れないだけに感慨深いものがある。

ここでDトラッカーさんと至福のコーヒータイムを過ごした。

ここはあぶくま荘近くの名所(巨岩と八重桜)である。

筆甫部落の航空写真、周囲は鬱蒼とした山林に覆われ、この地が如何に秘境であるかがおわかり頂けると思う。赤線は走ったルートである。

県境まできたが福島側に抜ける時間がないため、ここで引き返すこととした。

次回は小斎城についてお伝えする。
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