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昨日、戊辰戦争150年にちなんだ歴史講演会に出席した。会場となったのは河北新報社の別館5Fである。



テーマは「戊辰戦争150年 石巻の侍たち~新潟での新政府軍との戦い~」である。



講師を紹介する。石巻市芸術文化振興財団理事長を務める阿部和夫氏である。阿部氏は石巻の郷土研究会の「石巻千石船の会」にも所属しており、昨年4月の総会以来、一年半ぶりの対面であった。阿部氏は教育畑を歩まれたかたで郷土史においては先賢にあたる。偶然にも生家が数十メートルしか離れてないのには大変驚いた。



氏は80歳を迎えられるが矍鑠としておられる。物腰低く威在って猛からず、振る舞い一つ一つが矩を超えることがない。君子ゆえに取り巻きも少なからず、正に中庸の「錦を衣て絅を尚う」を地で行かれる人物である。講演会には先日お会いした木村紀夫氏も受講者として参加しておられた。

木村氏は『仙台藩の戊辰戦争』の著者で、青年期から石巻に住まわれたこともあり、阿部氏との接点も多いものと推察している。お二方とも郷土史においては先賢であり、その研究熱心さは是非見習わなければと感じている。

講演前に歓談を交わされる両氏(右が阿部氏、左が木村氏)実は昨日、一番町で雀おどりを見ていた際に偶然にも木村氏とお会いし驚いた次第である。



今回の講演の骨子となるのはその時の様子を綴った記事(2017年9月~2018年1月にかけて石巻かほくに20回に渡って連載)である。「石巻の侍」と言っても、石巻の町場ではなく、桃生郡中津山町(旧町名)と言ったほうが早いのかも知れない。石巻市桃生町中津山の位置をヤフー地図で確認して頂きたい。



中津山黒澤俊親家中が北越戦争に出兵したのは慶応4年(1868年)6月1日のことだった。5連の小隊に分かれ(うち1連は出兵せず留守居役)総数は88名が、数度にわけての参陣となった。



一行には専属の楽兵隊(黒澤楽兵隊と称した)がつき、朝夕軍楽を吹奏して隊の士気を高める役割を担ったという。阿部氏はそのとき出陣した末裔の追跡調査を行った。仔細は割愛するが、150年を経た今となっては、先祖の出兵すら把握してない子孫も少なくないという。歴史は勝者によって作られると言われるが、阿部氏は戊辰戦争に敗れた仙台藩では、こうしたことを人前で話すことすら憚る気運があり、現代に至るまで封印されてきたことも多いと述べられておられた。

横町挨拶
未だに、昨日のお二方との出会いの余韻が残っております。ローマは一日にしてなりませんが、学問も一日にしてなりません。然らば、先賢を見習い、本日も地道に文芸や歴史に向かい、己の研鑽を深めたい所存です。みちのく春秋への作者紹介を含めて、この連休は新たな知の回廊を構築できた気が致します。本日もご覧頂きありがとうございました。

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