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春宵一刻価千金、夜桜見物に興じる週末の夜の一時
昨夕の金曜日のことだった。4月7日の桜の開花情報を受け、私は仕事が終わると週末の息抜きを兼ねた花見(夜桜見物)へと向かった。
それにしてもだいぶ日が長くなった。18時半近いのにこの明るさである。薄暮の中に浮かぶ青葉通りのオフィス街の明かりは私の精神を高揚させ、夜桜見物への期待を促すのに十分なものであった。

広瀬川に沿って、かつ都心部に近い好立地、青葉城(仙台城)、博物館、美術館も対岸にあり、青葉区西公園は仙台でもすこぶる環境のいいところである。

到着したころはまだ薄暮の空が広がり、時刻が早いせいか客もややまばらであった。

google航空写真で位置を確認して頂きたい。
黄色:仙台駅、赤:西公園

全部で二十店近い夜店が並んでいた。夜店を見物するのも花見の醍醐味である。

座席式の会場は主に家族連れやカップルで賑わっていた。提灯が花見らしい風情を醸し出してくれる。

夜桜と月のコラボレーション、月は十三夜くらいだろうか?
日中やや強かった風も止んで絶好の夜桜見物となった。
但し肝心の桜のほうはまだ四分咲きといったところであった。

私は缶ビールとバーボンで花見酒に興じた。つまみは夜店で購入したマグロ煮のフレークである。

8時近くになると会社関係と見られる団体が入ってきて一気に賑やかになってきた。

ほろ酔いとなったところでお開きとした。私は名残惜しい気持ちもあり、近くの歩道橋から花見会場を眺めた。あれは四十数年前のことだった。私は歩道橋のなかほどに立ち止まり、ある夏の日に行われた少年野球に出場したことを思い出した。そう言えば伊達政宗の有名な句に「馬場少年過ぐ」(馬上の少年もあっという間に年を取ってしまった)というものがあった。早いもので少年野球に出場した紅顔の少年ももはや六十になろうとしている。

哀愁が私の頭をかすめた。ここまでいろいろな人との出会いと別れがあった。あの人は今頃どうしているだろうか?どんな人生を送っているのだろうか?…これは私だけでなく、私が人のことを察するのと同じように人からもそう思われているのではないだろうか?これらの人との出会いは多かれ少なかれ私に影響を与えたに違いない。そう考えると現世での出会いは例え相手がどんなかたであっても全て無用の用のように感じられた。

闇にまぎれ自分の存在をぼかしたい。春宵がもたらす幻覚は己の心の奥に潜む逃避願望の成せる業なのだろうか?私は悠久の時の流れに身を委ねる快感に酔い、夜桜の香にムスクの甘だるさを重ねつつ帰途に着いた。
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