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シルクロードの砂に埋もれ二千年後に発掘された謎の美女
   1958年井上靖「楼蘭」概要 
楼蘭は敦煌の西に存在した幻の小国である。この楼蘭が歴史上に名を現わすのは紀元前百二三十年頃から同七十七年までであり、わずか五十年ほどであった。この頃の楼蘭は匈奴(現モンゴル辺りに居着いた遊牧民)の脅威におびえていた。
 
※写真はインターネットから借用


楼蘭はこれを解消するために漢の庇護の下に入ろうとするが思うようにいかない。こうして二つの大国の争いの中にいるうちに楼蘭の民はついに住みなれたロブ湖畔のオアシスの地を追われることとなった。民は鄯善(ミーラン)と言われる地に移り住んだ。その間他国に蹂躙された楼蘭では激しい戦闘が続いたがやがて砂嵐の中で砂丘に埋もれていった。
 
※赤:楼蘭、黄色:敦煌
(資料は長澤和俊著「シルクロードを知る事典」より拝借)


そして千数百年という気の遠くなるような時間を経た西暦1900年、廃墟となった古代都市楼蘭はスウェーデンの探検家スウェン・ヘディンによって発見された。スウェン・ヘディンがこの古代都市で発見した美女のミイラとは?
 
    読後感想
井上靖の想像を加えながら謎のミイラの美女の実像に迫った歴史小説。この美女こそが小説のヒロインである。靖は作品でこの謎の美女を非劇の妃と位置付けている。彼女は漢の武人の謀略に討たれた楼蘭の王の後を追って自殺するのである。
 
歴史小説と時代小説の決定的な違いはその時代考証性(史実との整合)にある。歴史小説は可能な限りの史実を積み上げ、これをバックボーンとしたうえで肉付けをしなければならない。その意味に於いて本作品は立派な歴史小説と言っていい。
 
また後に靖が記した長編小説「敦煌」と併せて読むことでシルクロードの断片が徐々に見えてくる。シルクロードは人類に大対流をもたらした大動脈であり、その起源は太古に遡る。我々の体内の基となる遺伝子も恐らくここを通ってきたのだろう。そう思うと壮大なロマンを感じざるを得ない。井上靖の小説はとにかくスケールが大きい。そして歴史を通して人間のこれまで歩んできた本質に関わる真理(強者と弱者の関係、主と従者の関係)に目を向ける傾向が強いと感じる。

※赤:楼蘭、黄色:敦煌(資料は井上靖「楼蘭」巻末の資料より拝借)


「敦煌」が11世紀の中国西部を舞台にして描かれた冒険スペクタクル的な性格の作品であるのに対して「楼蘭」には同国の栄華から滅亡までの経緯を詳しく綴った歴史指向の強い作品である。靖は砂に埋もれながら発掘されたこの国と幻の塩水湖である「ロブ湖」の神秘性と史実を見合せながらそこに自身の想像を入れながら作品を描いたと考える。
 
 ※赤:楼蘭、黄色:敦煌、青:楼蘭人が移り住んだとされる鄯善
※ロブ湖はその後の研究で1600年周期で移動する湖とされた。
(資料は長澤和俊著「シルクロードを知る事典」より拝借)



砂嵐、追い剥ぎ、盗賊、敵の軍隊、飢えと渇き…、ラクダに乗って広大なタクマラカン砂漠を行く時、その先には様々な困難が待ち構えている。その苛酷な環境に耐えた者のみが生き残っていくのだ。
 
小国は常に大国の侵略に脅かされつつも、決死の覚悟で生き残りの術を模索し続けねばならない。この摂理は人類が誕生してから数限りなく繰り返されてきたわけであるが、小国「楼蘭」がどのような策を講じながら生き残りを図っていったのか?そしてそのかいもなくどうして消えていったのか?人類史に於いて大国と小国とが演じてきた外交とはどんなものだったのか?これらを普遍的な尺度で捉えるのも極めて興味深いことである。
 
謎の美女に対しての想像もロマンを感ずるが、シルクロードを巡る人類の抱いた壮大なロマンに触れることが出来るのも本作品の大きなポイントである。
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