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 或る作家にとっての3月19日とは?
あと数時間で3月19日になろうとしている。私は昨年ある小説を読んだ。そしてこの3月19日がこの作家とその息子にとって記念すべき日であったのを生涯忘れることはないだろう。その作家とは志賀直哉、わたくしが尊敬して止まない近代文学の巨匠である。
 
直哉は57歳となったばかりの昭和15年3月、持病の胆石の痛みからもようやく解放され、無事に進級が決まった中学生の息子(志賀直吉、15歳)を連れて9泊もの早春の旅に出ている。その模様は一年前の記事「志賀直哉早春の旅」に綴っているが、きょうはその時に二人が泊まった宿を紹介する。尚、写真は学研「現代日本文学アルバム第6巻」より引用した。
 
志賀直哉「早春の旅」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31540382.html
 
※昭和14年(早春の旅に出る一年前)に撮影した二人のツーショット。反抗期という感じは微塵もなく、二人の良好な親子関係が見て取れる写真である。

まずはこの時の旅程を地図でご覧頂きたい。東京(自宅)出発は3月19日の夜行列車によるものであった。この後二人は京都~奈良~大阪~富山県宇奈月温泉~直江津~赤倉と列車で次々と訪れた。○:北陸路で二人が宿泊した宇奈月温泉(富山県)、□:二人がスキーをした赤倉スキー場

京都と奈良を訪ねたのは以前京都に二年、奈良に十三年住んだことに依るもので、直哉はここで多くの知人に再会したり、寺社仏閣を始めとした史跡を訪ねている。奈良の博物館では法輪寺の虚空蔵菩薩像が展示されており、直哉は若い時にはけして好まなかった胴長短足ののっぺりした顔の表情を持つこの像に対し、今は安定感を感じるようになった自分の心境変化(仏像の外面のみでなく内面への深い洞察)を自覚するに至った。
      
           ※虚空蔵菩薩像

この後大阪を経たのち、北陸の三日市という駅で乗り換え、黒部の宇奈月温泉というところに泊まることにした。この宿は「延対寺」という変わった名の宿であった。白いビルの手前に見える木造の旅館が「延対寺」である。この宿は今では「延対寺荘」という立派な温泉ホテルに生まれ変わっている。

以下文中より抜粋『前はすぐ断崖で眼の下深く川を見下ろし、対岸はまた高い山に続いている。階下の浴室から立ち昇る湯気が窓の前にただよい、外側から窓硝子を曇らしていた。』直哉はここで息子と親子水入らずの入浴をしている。
 
宇奈月温泉に泊まった二人は翌日新潟県の赤倉スキー場に向かった。文中より抜粋『二時すぎ田口につき、小さい中二階のような無限軌道の自動車で町の真中に自然に出来た雪の堤の上を両側の家々の軒を見下ろしながら、のろのろと走った。』

赤倉スキー場で息子のスキーの上達を肌で感じた直哉はさぞかし晴がましい気持ちで帰途に着いたのではないだろうか。
 
本ブログ、志賀直哉の研究シリーズ
志賀直哉の生活信条とはhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31880028.html
志賀直哉の真の魅力【動画】http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31767062.html
志賀直哉生前インタビューhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31385305.html
志賀直哉生誕130周年を偲ぶ旅http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31505557.html
志賀直哉生涯23回の引越しの謎http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31434256.html
志賀直哉「城の崎にて」http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html
志賀直哉「小僧の神様」http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30176213.html
志賀直哉「清兵衛と瓢箪」http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30989155.html
志賀直哉「濠端の住まい」http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31743321.html
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